ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 227号

今日もお越しいただきありがとうございます。今日は3つまとめてアップしようと思います。これが2つめ。

ひとつぶ便り 227号(2015年10月30日便)

 いつもありがとうございます。26日の月曜日に「大霜」と呼ばれるような、強い霜がきました。今シーズン初。真冬になれば毎日これより遥かに寒く、大地は凍り付くので、このあたりですごい霜、なんて珍しいものでもなんでもありませんが、この時期の初めての大霜はナスやピーマンなど、かろうじてまだ生きていた夏野菜たちの木を枯らし、葉物野菜たちを柔らかく甘くするなど、大きな出来事です。今年はここへきて晴天が続き、気温も高く割とポカポカした日が続いていました。霜自体は遅くなかったと思いますが、大霜はやや遅かった印象です。春菊などは比較的霜に弱いため、不織布を一枚かけていますが他の葉物は何度も霜に当たっても大丈夫。葉物は霜に当たると甘くなることが良く知られていますが、これは自分の体内の糖度を上げることで凍るのを防ぐため、というのを聞いたことがあります。
 というわけでとりあえず一発、すごい霜が降りましたがその後は2日ばかり、少し暖かい感じです。が、明日(29日)あたりからまた下がるという話。冬の到来、といったところでしょうか。去年もそんなことを書きましたが、この地域は春が遅く、夏がとても短く、秋もそれほど長くなく、冬がとても長い場所だと思います。イメージは春夏秋冬冬冬冬みたいな(笑)。四季って言いますが、全国各地、その長さも色合いも、色々と異なりますよね。それぞれの場所にそれぞれの魅力も過ごしにくさもあるものと思います。一年中過ごしやすい!というところは結構稀かと思います。僕らの住むこの地域は地震や台風には比較的強い場所で、晴天率が高く、湿度が低く、冬はとんでもなく寒い!というのが特徴です。

今週の野菜セット
 霜に当たってさらに甘く、柔らかくなった葉物野菜たちをお楽しみください。少し成長の遅かった大根たちもだいぶ大きくなってくれて、味ものってきました。カブは毎年驚くほど美味しいですが、今年も例外なく美味しいです。また、今週はカリフラワーも入ります!カリフラワーにそれほど興味のない方も多いかもしれませんが、うちのは美味しいですよ(笑)。今では欲しいと言ってくれる人も増えて、うちの看板商品とも言えるかも。夏のものも美味しいですが、この時期も絶品です。お楽しみください。

 この野菜セットの野菜は誰が育てたか、はっきりとわかるものですが、そういう、誰が育てたか、誰が作ったかというようなことがわかるものの方が、遥かに少ない世の中だと思います。これはあまり、良くないことだと思います。僕らは基本的に自分たちで育てたお米や野菜を食べているから、そこの部分は分かるところが大きいですが、それでも油とか調味料などの中には誰がどのように関わってここにあるものか、わからないものも色々あります。有機とかではあるけど。生活の中においては、例えば服とか、今目の前にあるパソコンとか、これはもうどこでどのような人が、どのようなことをしてできているのか僕には全くわかりません。ここへ来るまで関わった人の、一人も知らないものがほとんど。今服を着られること、パソコンがあって事務作業ができること、それはとてもありがたいことで、そのことには感謝できるけど、そこに関わった人や物に感謝したくても、誰に、何に感謝していいかわかりません。それでも、深く見ていけば見えてくるものもあるし、想像してみることは大切だと思います。
どんなものであれ、人を含む全ての自然から生まれています。今目の前にある全てのもの、自分のこの身体や心を含めて、その例外はありません。僕らはたいてい、自分が他から独立した存在だと思っていますが、ちゃんと見ていけばそうではないことがわかります。太陽が無くても、空気が無くても、水が無くても、僕らはすぐに生きてはいられなくなります。逆に僕らは太陽からできているとも言えるし、空気からできているとも言えるし、水からできているとも言えます。僕らがどう思おうと、僕らは誰も一人では生きていません。
僕の両親は2人、祖父母は4人、曽祖父母は8人、そのさらに前の世代は16人、とたどっていけば、ものすごく膨大な人たちの先に僕らがいます。そうやって想像するほとんどの人が亡くなっていますが、その人たちの延長に僕がいます。受け継がれてきたのは遺伝子だけではありません。その苦しみも喜びも、習慣など何らかの形で受け継がれてきています。また、例えば僕は仏教のマインドフルネス(気づき)の実践をしているけど、それは2600年前くらいのブッダから受け継がれてきたもので、僕はそういう続きにもいるということ。そして自分が何かを渡そうと思う思わないに関わらず、それは自分の子どもの世代などに続いていきます。もちろん、人から人、という流れだけでなく、自然のあらゆるものの流れの中に僕ら一人一人がいます。
自分は一人ではない、というのはただの事実だけど、その事実を知るのはとても楽しいことだと思います。誰が何をどのようにして、それがここにあるものか知ることができたらなら、それはもっと感じやすいことなのかなと思います。僕らが送る野菜の中に僕ら家族の姿が見えるでしょうか。土の中、土の上にいる様々の生き物たちの営みが見えるでしょうか。野菜たちを育む太陽、土、雨、ありとあらゆる自然のはたらきが見えるでしょうか。一つの野菜に、それ以外の全てが関わっています。
 
 また、そうやって深く見ていった時に、何かや自分を苦しめている事実に突き当たることもあります。僕もどこかで出されたらありがたくいただきますが、例えばスーパーやコンビニで売っているケーキを食べたとします。材料の卵や牛乳、小麦、それらはやはり自然からの恵みに違いありませんが、そこにはほとんど身動きのとれない場所で卵を生まされ、お乳を搾られるだけの、もはや生き物としての飼い方をされない鶏たちや牛たちの姿が見えます。そんな環境で生きていれば当然健康を害すので、抗生物質漬けです。小麦は、収穫前も収穫後もたっぷり農薬をかけ、虫たちを皆殺しにして育てたものでしょう。太陽や土や水も、そこにはあるし、それも当然そのケーキには含まれていますが、おびただしい苦しみもまた含まれていることが分かります。その他、得体の知れない化学的に合成されたものも色々入っています。僕らの育てた野菜やお米が、完全に平和的な方法で、世界の暴力や苦しみに加担せず作られたものかと言われれば、そんなことはありません。トラクターも使えば軽トラも使い、世界の誰かを苦しめながら、やっている部分も大きい。それでも、そのケーキのように世の中で売っているほとんどのものと比べて、その暴力や苦しみへの加担はかなり少ないものだと思うし、目指す方向はそこに加担しない道です。
 値段だけで何かを選べば、間違いなくその商品の来た先に搾取があります。そしてどこかで起こる搾取が、自分にも深く関わっています。誰かを苦しめて、自分が苦しまないなどということはありません。今いる権力者の多くのように、搾取することで幸せになれると思っている人は、間違っています。幸せになりたいのなら、全ての人の、物の、平和を目指す必要があります。平和こそが道です。     健
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ひとつぶ便り 206号

今日もお越しいただきありがとうございます。先週まで雨を待ちわびていたというのを忘れそうなくらい、最近はよく降ってます。
今年は苗の発芽が悪くてどうなることかと思った田植えは、色んな人の助けを借りて、無事完了!心地いい疲れが体にあります。

では、先週のひとつぶ便りです!


ひとつぶ便り 206号(2015年6月5日便)


 いつもありがとうございます。なんだかものすごく暑いですね。比較的冷涼なはずの、僕らが住むこのあたりも今年はこの時期に30℃とか、よくある感じ。5月とか6月にしてはかなり暑い。というか、一年でいちばん暑い時期並に暑い感じ。しかも雨もほとんど降らない。雨が欲しいぃぃ。
 ↑と書いていたのが6月2日。で今日3日、降りました!2週間ぶりぐらいのまとまった雨!恵みの雨!畑の野菜も、そこら中の雑草も、喜んでいるように見えます。農家はみんな喜んでいるはず。

最近の農作業
 照り付ける日差しの元、毎日働いております。色々と定植したり種まきしたり、その準備をしたりしていますが、ここ一週間の中での大仕事は、家の前の育苗ハウスの中を片づけて、ミニトマトの苗を植えるというもの。僕らの住む家のすぐ目の前に畑があって、そこには面積5.4メートル×16メートルくらいのビニールハウスが建っています。この家に引っ越す直前から引っ越し直後にかけて、建てたものです。ここで、春の最初の葉物、果菜、各種の苗を育てています。春の最初の葉ものはこのハウスの中で育てていて、先週まではここの葉物も出荷していましたが、片づけてしまったのでそれはもうお終いです。
 中をただ耕すだけなら簡単なのですが、寒さに弱い苗たちを育てる為に作った「踏み込み温床」を片づけるのが大変な作業。踏み込み温床というのはコンパネ(たたみ一畳くらいの大きさの合板)で四方を囲んだ中に、落ち葉と米糠を層にして積んでいったもの。うちはこれを春に2つ作ります。落ち葉と米糠が発酵するときに出る熱を利用して、その上で苗を育てる昔ながらの方法です。現在は電熱線を使った温床が一般的なのだと思いますが、僕らのような小規模有機農家などでは作っている人も多いです。この落ち葉と米糠は、時間をかけてさらに発酵を続けると、腐葉土になります。野積みにしておいて、2年くらい置くとかなりいい土になってくれます。これを苗の土として使ったりします。
 とまぁ温床の説明が長くなりましたが、これを解体して、落ち葉をハウスの外に運び出すわけです。今回は5月31日に、僕の両親が来てくれたので、がっつり手伝ってもらいました。助かりました。今回は母が主に娘たちと遊んでくれて、父が温床の落ち葉を運び出して積む作業を僕と一緒にやりました。この作業は、作業そのものが大変なのもさることながら、何しろ臭いがきつい(笑)。もっと発酵が進んでしまえば臭いもそこまではしないのでしょうが、この時期に解体するととてもくさい。発酵臭と言うよりは腐敗臭っぽい臭い。作業者たちは慣れてくるのですが、服にもつくのでとてもくさい人になることができます(笑)。そんな臭いにも負けず、無事解体と落ち葉の移動を終え、耕すなど準備をしてから、ミニトマトの苗の定植も完了しました。7月後半くらいから、美味しいミニトマトをたくさんお送りできるかと思います。お楽しみに~。

 2日、花豆の種(豆)まきをしました。午前中は僕一人でやっていましたが、午後は花野ちゃん(かや・今月末で3歳)と2人で作業しました。思いの外花野ちゃんがちゃんと働いてくれて、非常に助かりました。僕が小さい穴を30センチおきに作っていって、そこへ花野ちゃんが2粒ずつ花豆を入れていく、という分担でやっていましたが、花野ちゃんがやる気満々でいいペースで作業を進めてくれました。僕一人でやるよりだいぶ早かったです。しっかりやってくれて驚きました。種まきはゆっこさんが最近時々一緒にやっているのでお手の物のようです。ちなみに花野ちゃんはやる気がなければ絶対やらないので、無理やりやらせているわけではありません。念の為(笑)。
 その日は葉菜ちゃんは幼稚園、僕とゆっこさんと花野ちゃんが車で畑へ行き、僕と花野ちゃんが降りて、ゆっこさんは他の畑に行っていました。花豆播きが思ったより早く終わって、ゆっこさんが戻ってくるのを待っていたらだいぶ時間がかかりそうだったので、僕と花野ちゃんはゆっこさんのいる畑まで歩くことに。車だとすぐの距離だけど歩くと結構遠い。というのはわかっていましたが、花野ちゃんとゆっくりお散歩するのもいいなと思って行ってみました。20分くらいの道のり、花野ちゃんもよく歩き、最後は少しおんぶもしましたが、楽しくお散歩できました。なかなかいい時間でした。

今週の野菜セット
 まだまだ葉物中心のセットが続きます。同じようなラインナップでも、播いた時期や場所は、色々と異なっていて、出来も畑によって違います。先週まではハウスの中の葉物もお届けしていましたが、ハウスの中は片づけて、ミニトマトを植えつけた為、今週からは全て露地の葉物です。溢れる葉物を色々工夫して使ってもらっていることと思います。ありがとうございます。
 
歯が痛い!
 先月29日の午後から30日にかけて、やたらと歯が痛み、夜一睡もできませんでした。時々歯が痛むことはあり、この歯も先月の前半から少し痛んだりしていましたが、これ程痛むのは初めてで、僕の経験したことのある中でも最悪の痛み。30日に急遽歯医者さんに行ってきました。友達が最近通っている、むやみに削ったりしない歯医者さんですが、僕の痛む歯はかなり虫歯が進行していたようで、神経を抜きました。で、今は全然大丈夫です。
 例えばこういう虫歯のことを考える時、歯医者さんとか専門家を含む多くの人が、口の中のことだけを考えがちかと思うのですが実際は、体全体、心全体の影響で、そこに不調が出てきているものだと思います。今回のように痛む歯の神経を抜けばそこの痛みは無くなりますが、体全体、心全体の基本的な問題が解決していない以上、またそこの歯に負担をかけるか、他の歯に負担をかけるか、または体の他の部分に負担がかかるだけの話で、いずれまた問題は起こります。歯を大切にする、というのは体や心全体を大切にすることだと思うし、体や心を大切にすることは、歯を大切にする、ということだと思います。今回行った歯医者さんは、そういう視点を持っている人のようで、これを機に他の歯も色々看てもらおうと思います。
 人の健康と土の健康は、たぶん同じようなもの。例えばある「害虫」がいたから退治する。ある菌がいたから殺菌する、というように「対処療法」を繰り返していたら、結局基本的な問題は何も解決せず、どんどん土が固く、冷たく、健康ではない状態になっていきます。健康的な土では健康な野菜が育ちます。そこには「害虫」と呼ばれる虫がいようとも、有害な菌がいようとも、他の虫、他の菌とのバランスが保たれているから、害にはなりません。一部を見ることは全体を見ること。全体を見ることは一部をみること。深く見て、全てのつながりが見えるのは、何よりも楽しいことだと思います。        健

ひとつぶ便り 193号

今日もお越しいただきありがとうございます!先週のひとつぶ便りです。寒いっすね!

ひとつぶ便り 193号(2014年11月28日便)

 いつもありがとうございます。先日、長野県北部で大きな地震があり、北部ではないここ佐久穂町も揺れましたが震度3で、たいしたことはありませんでした。ものが倒れたり、っていうほどの揺れではありませんでしたが、割と長い時間揺れていました。ここはそれほど揺れることはないから、揺れそのものに恐怖することはあまりありませんが、ちょっと強めの長い揺れがあったりすると、東日本大震災のときのことを思いだします。「どこか遠くの地で大きな地震が起こったのではないか」と。僕らの住んでいるこのあたりは確か、活断層は今のところ見つかっていない場所で地震には強いようです。長野県と言っても広いです。僕らが住んでいるのは「東信」と呼ばれるくくり。上田、小諸、佐久、といったあたりが主な街です。同じ長野県でも地域によって全く天候が違うし、地震の起こり方なども全く違います。東北の地震、津波、そして原発事故に隠れて、長野県以外の人は知らない人すら多いのではないかと思いますが、東日本大震災の翌日、3月12日に長野県北部の栄村では震度6強の大地震、そして大災害が起こっています。今回も北信の地震でした。強い地震の起こりやすい場所もあるし、僕らの住んでいるところのようにそうでもない場所もあります。このあたりは地震、台風などにはなかなか強いですが、冬の寒さは何も無くても災害みたいなものです。暖かいっていいなぁと思うことはよくあります。今年初めには豪雪もありました。なかなか、全ての災害に強い土地なんてないんだろうなと思います。その土地の長所も短所も、すごく多様ですね。畑の土の質とかも、土地が違えば全く異なります。色々です。

 朝の畑は霜で真っ白になる日が多いです。そんな日は朝、家の中も寒い。
僕は毎日酒蔵に出勤なので、なかなか田んぼや畑の片づけができていない状況ですが、土日など、早く帰れた日にちょこちょこやっています。

車、買い換えました。
 うちは結婚して暮らし始めた6年前から軽トラと、バモス(ホンダの軽ワゴン)の2台を使ってきました。いずれも近くの車屋さんに探してもらった中古車です。この度、だいぶガタのきていたバモスとさようならして、ヴォクシー(トヨタのミニバン)を買いました。だいぶ大きなサイズになりました。来たばっかりで、僕はまだ乗っていません。
 6年も乗っているとだいぶ愛着があって、この車と別れる時は泣くようかなと思っていましたが結構あっさり買い替えが済んでしまいました(笑)。まぁでも、ほんとありがとう、という気持ちです。僕は東京出身、ゆっこさんは兵庫の出身ということで、この車で東京にも兵庫にも何度も行きました。僕が長野に来る前にいた、福島県の会津、山都町まで行ったこともあります。そういう遠出から、もちろん日常、どこへ行くにも使っていた車です。花野ちゃんが生まれる時も、僕とゆっこさん、葉菜ちゃんの3人を乗せ、助産所まで走りました。そういえば葉菜ちゃん(関西で里帰り出産)が生まれる時も、佐久平(新幹線の駅があります)まで乗っていったのはバモスでした。田舎で生活している以上、車に乗らない日は無いというくらいです。どこへ行くのも一緒でした。ありがとうバモス。
中古車じゃなかったらまず買わないようなちょっと派手な緑色をしたバモスでしたが、もう完全に慣れていました。駐車場とかで発見しやすかった(笑)。かなり遠出も多かったしだいぶ走行距離も長くなってきて、近場で乗っている分にはいいけどこの車で兵庫に行くなどの遠出はやめておいた方がいい、と車屋さんにはだいぶ前から言われていました。車検の切れるのを前に、買い換えることを考えて、その車屋さんに相談したところすぐ探してくれて、乗り換えることとなりました。今回も中古です。とにかくまぁ僕たちが結婚してからこれまで、うちの家族みんなとずっと一緒だった車とお別れしたわけで、僕としてはこんな時はちょっと感傷に浸りたいところなんですが(笑)意外となんともありません。まぁしかし、本当にお疲れ様でした。ありがとう。僕らをたくさん、助けてくれました。ありがとう。
また軽という選択肢もありましたが、既に僕らは4人家族なので軽だと満員。現在予定はありませんがまだ子どもが増える可能性もあるし、そうなったら軽だと乗れないので、そのあたりを考えて大きめの車を探してもらいました。よろしくヴォクシー。大切に乗っていきたいと思います。

選挙
 衆議院が解散、そして選挙ですね。全く勉強していないので、どういう状況なのか今把握できていませんが、選挙は必ず行きます。このまま、安倍さんとその仲間たちのやりたいように政治をやらせたらいけないと思います。戦争に行きたくはないし、子ども達にも大人にも、誰にも行かせたくない。原発再稼働も間違っています。再稼働がというか存在自体が間違っています。良くわかっていませんが他色々、問題だらけだと思います。トップが変われば日本が全て良くなるなんて全く思いませんが、今の政権の独裁体制は、日本のほとんどの人の生活に、生命にとって良くないものだと思います。選挙、行きましょう。期日前投票も簡単です。毎日、朝から晩まで仕事だったり、住民票とは違う場所で働いていたり、そもそも選挙に行きにくいとか行けない人がきっとすごく多い。生活に困っている人こそ、選挙に行くべきなのに、そういう人は選挙に行きにくい状況になってしまっているような気がします。それもまた、仕組まれていることでしょうか。行きたくてもいけないような人の為にも、行ける人は是非行きましょう。
 
一人暮らし
 ゆっこさんと子ども達が、ゆっこさんの実家の兵庫に21~25日まで帰省していました。その間僕は一人暮らし。たまにはいいです。ちょうどアフリカン・ダンスの練習の日があったり、友達とカラオケに行ったりして楽しんでいました。酒蔵へ出勤、半日で上がれた日は最後のゴボウ掘り、というようなことをしていて、朝もなんだかんだ慌ただしく、なかなか家事に手が回りませんでした。一人で農業をやっている人もたくさんいますが、大変だろうなと思います。夫婦でできるのは本当にありがたいことです。
 子ども達とも数日離れて、また会うと余計にかわいく見えます。ちなみにゆっこさんは子ども達と離れている時も、常に頭の片隅または多くの部分を葉菜ちゃん、花野ちゃんのことで占めているようですが、僕はそうでもない。女の人と男の人の違いでしょうか。人それぞれってことも言えますね。そういう違いが思いの外大きくておもしろいなと思います。見えるもの、感じるもの、人それぞれ全然違います。結構最近になってそれを知りました。僕が見ている世界もなかなかおもしろいですよ。       健

ひとつぶ便り 192号(赤ちゃんの見ている世界)

今日もお越しいただきありがとうございます。先週のひとつぶ便りです。どうぞ~!

ひとつぶ便り 192号(2014年11月21日便)
 いつもありがとうございます。今年の11月は比較的暖かい感じでここまで来ていましたが、いよいよ大霜連発、みたいになってきました。寒いです。朝は畑など、霜で真っ白になっていてとてもきれいです。ここのところ強い風が吹き荒れる日も多く、その影響で家の前のビニールハウスの天井のビニールがビリビリに裂けてしまいました。しかしまぁ、よくここまでもってくれたなという感じです。そもそも発注を間違えた安物のビニールだったのが、6年くらいはもってくれました。今年2月の大雪にも耐えてくれたし。よくがんばってくれました。そのハウスの中で、少しだけ葉ものを育てているのと、取り入れた大豆を干していました。その大豆、全部にシートをかけるのも移動するのも大変だし、次の雨が来るまでに脱粒(さやから豆を出す)したいなと思って、酒蔵は午後の半日休みをもらい、農協で機械を借りてきて、やりました。大豆スレッシャーというこの機械、僕らは初めて使いました。農協の機械は予約制で、この時期は同じ作業をどこの人もやりたいので、なかなか予約に空きがありませんでしたが、ちょうど17日は週間予報で雨予報があった関係か、空いていました。天気予報をそんなに信頼してもいないので(笑)、その日に予約。結局17日はパラっと小雨が降った時間がありましたがほとんど降らず、無事に大豆の脱粒をすませられました。いつもはゆっこさんが冬の間、少しずつ、できる時間に作業(棒などで叩く)なのですが、2時間ほどで終了。機械恐るべし。しかし機械の中をのぞいてみれば、足踏み脱穀機みたいなもの、千歯こきみたいなもの、があるのが見えて、発想は先人にあやかっているものなんだなと思います。ちなみにお米の脱穀をするハーベスターという機械は、足踏み脱穀機と、ふるいと、唐箕を一つにしたような機械。そういう昔のものの優秀さを、機械から思い知らされたりします。実際に現在も、小規模であれば足踏み脱穀機で稲を脱穀している人もいます。よく農家の納屋に眠っていたりするし、新品でも金属製のものが売ってもいます。唐箕はもうちょっとポピュラーに使われているのではないかと思います。唐箕は義父が持っていて、うちも何かと使わせてもらって重宝しています。人力のみで動く道具は、かっこいいなと思います。石油で動く機械の力は偉大ですが、工夫された手で扱う道具や積み上げられたノウハウ、そして人の数さえ確保できるなら、割とどんなことでもできる気がします。
 今年は夏野菜がとても調子悪かったのですが、お米の出来は悪くなかったし、人参、ゴボウなどは過去最高にとれました。大豆も今まででいちばんとれて、嬉しいです。
今週の野菜
 畑がいよいよ本格的に凍り始め、葉ものやカブなど、そろそろ終わりそうです。これからは、取り入れて貯蔵しておいたものや、加工品などのセットに変わっていきますが、今週は畑の野菜たちのもうひと踏ん張り。をお楽しみください。友達とお鍋を囲むことが多いです。日々、野菜たっぷり食べまくっています。
 ちなみに今回のじゃがいもの袋は葉菜ちゃん(5歳)がせっせと作ってくれました。無理に作らせたわけではなく(笑)、ゆっこさんが作っていたら一緒に作り始めて、「もっと作る!」とどんどん作ってくれました。ありがとう~。

娘たちのこと
 と、いうように最近はよく、自発的にお手伝いしてくれる葉菜ちゃん。ほんと助かります。また、最近は平仮名ブームで、読んだり書いたりをよくしています。だいぶ前に一度、だいぶ覚えていたのですがまだそんな時期ではなかったか、忘れて、また覚えだした感じです。読むのはほとんど問題ないようで、ゆっくりならば絵本も自分で読めたりします。厚めの絵本を全部読むにはまだ大変すぎるみたいですが。僕らは特に教えもしていませんが、義父が熱心に教えてくれているようです。葉菜ちゃんも、数字とか文字とか好きなようで、どんどん吸収しています。幼稚園でも手紙をみんなで回し合うのが流行っているみたいで、それもここ最近の上達の要因でしょうか。好きであるなら、どんどんやっていけばいいと思うし、そうでもないのなら無理してやらないで欲しいなと思います。
 花野(かや・2歳4か月)はどんどん言葉が達者になっています。日々、スムーズに喋れるようになっていっています。彼女は性格が基本的に陽気で、よく笑わせてくれます。いつでも楽しませてもらっています。

 2歳ともなれば、もう完全に赤ちゃんではなく子ども、という感じです。「子ども」と呼ばれる人たちの見ている世界は大人の見ている世界とはだいぶ違うだろうけど、赤ちゃんと子ども、子どもと大人、を比べた場合、前者の方が、世界の見え方の違いが大きいのではないかと思います。赤ちゃんの見ている世界。どんなでしょうか。たぶん、見えるもの、聞こえるもの、触れるもの、全ての情報が等しく存在する世界。生きていけるように、その情報を切り取り、絞り、順位をつける等々のことをしていって、赤ちゃんは子どもに成長していくのだと思います。ヘレン・ケラーの「WATER」にあたることを、誰もが経験しているのだと思います。何も手掛かりのないところから、何かを理解していくということを。覚えていますか?その感覚、今はわからなくても、僕らは忘れているだけです。
 誰が最も真実に近いものの見方をしているかと言えば、たぶん赤ちゃん。その切り取る前の情報こそが、真実に近い見え方。全くそこから離れてしまっている大人と、まだ結構覚えている子ども。僕ら大人は、子どもたちにものの見方とか考え方とか教えようとすることがあるけど、果たしてどちらが教わる方なのか。例えば言葉もそうですが、世の中を生きていく上で便利な方法がたくさんあります。その方法を教わること、学ぶことは子どもにとって大切なものだと思いますが、その方法が真実だと思ってしまったらそれは間違いです。例えば言葉は、情報を伝達する手段であって情報そのものではありません。でも誰しも常々、その手段をそのもの自体だと思い込んでいるような気がします。
 僕らの行動や言動、考え、それぞれどれも、生まれたばかりの時には知らなかったもの。できなかったこと。僕らは成長して、それができるようになったけど、その結果、切り取る前の、全てが平等に存在している、情報の本来の姿を見ること、その見方を忘れてしまっています。周りの人間を見たりして、それが必要ないと思ったから、たぶん子どもの頃にほとんどの人がその見方を忘れてしまったのではないかと思いますが、思い出すべきものだと僕は思います。僕らの目の前の世界を、いかに切り取るかは確かに大事なことですが、まず何より、「切り取っている」という事実を知った上でやった方がいいと思います。赤ちゃんの目線、大人の目線、どちらが優れているとかそういう話ではなく、どちらも大切。どちらも大切なのに、赤ちゃんの見え方は、僕らはほとんど忘れています。世界はきっともっと美しく、楽しい。健

ひとつぶ便り 171号

今日もお越しいただきありがとうございます。今日は松本に住む、僕ら夫婦の親友に会いに行ってきました。彼女は3月に長女が生まれて、新米お母さん。うちの、上の子生まれたばかりのころのカオスっぷりを思うと、友達のとこは夫婦ともに安定感を感じる(ように見えた)。元気そうで何よりでござった。しかし赤ちゃんって可愛いねほんと。「赤ちゃん」と呼べるときなんて一瞬だけど、そこの可愛さってのは物凄いです。

ではひとつぶ便りです。どうぞ。

ひとつぶ便り 171号(2014年6月27日便)
 いつもありがとうございます。毎日雨がよく降ります。昨日と今日は午後、かなり強い雨と、雷もゴロゴロ。梅雨の時期は雷は鳴らず、雷が鳴ったら梅雨明けの合図、みたいな話を聞いたことがあって例年そんな感じなのですが、今年は全然そうじゃないです。梅雨入りしてからすぐに雷鳴ってたし。梅雨っぽい雨というより夏の夕立みたいなのがよく降ります。
 雨が多いとレタスは溶けるし他の野菜も病気が出やすかったりするし、日照が少ないから生育もいまいちになったり、草たちは伸びまくるし、トラクターで畑に入れないし、色々と厄介なこともありますが、まぁ天候はどうしようもないのでやれることをやっています。

今週の野菜セット
 今週はキャベツが初登場です!諸事情により一昨年、去年とかと比べてだいぶ小さめで巻いちゃいましたがいつも通りとても美味しいです。お楽しみください。

意識的に食べる
 サッカーのワールドカップやっていますね。日本は一次リーグ敗退だそうですが、選手とか監督、スタッフの皆さんお疲れさまでした。
 ところでこういうお祭り騒ぎのような時、大量のビールやらお酒やら、食べ物が消費されていくことと思います。それはたぶん、すごく無意識的、無自覚的に消費されていくものたち。サッカーを見るついでに消費されていくビールたちを思うとき、その材料の大麦と、それを育てるどこかの国の農民のことを思います。ヤケ酒で飲まれるお酒たちを思うとき、その材料のお米たちと、米農家のことを思います。そして、麦や米を食べられず、日々死んでいく人たちのことを。誰かのことではなく自分のことですが、もっと、もうちょっとだけでも深く見なきゃいけないことがたくさんあると思います。
 穀物、野菜、肉や魚、いずれにせよ、命。そこへの敬意を全く払われない飲食が、日常に溢れていると思います。命が育つ、山とか川とか田んぼとか畑とか牧場とか海とか、想像すらできない環境にいる人もきっと多い。お祭り騒ぎのときは特に無意識的だと思うけど、日常生活の中での飲食に関しても、そう大差はないかもしれません。そこをもう少し、意識的に行動できたなら、すごく素敵なことだと思います。大きなことだと思います。誰が育てたかとか知れるものならば、感謝も喜びも感じやすいと思うし、そうではないものに関しても、それがどこから来てどういうものや人が関わってきたものか想像することは、楽しいし、大切なことだと思います。それが、例えばあまりにひどい搾取を経てそこにあるものだと分かったら、次からは別の選択もできます。今この場所、目の前にあるものを掘り下げていくことは、世界を知ることだと思います。その苦しみも、喜びも。

練馬行ってきました。
 先週の金曜日は久々に、僕の実家のある東京の練馬まで日帰りで行ってきました。僕らの友達が民家を改装して営んでいる「まあるいぱんや」というパンとお菓子のお店で月に一回(今年は不定期)開かれている市に出店の為。数年前に、もともとはひとつぶ農園のお野菜市、ということで始まったこのイベントですが、現在は発展して「まあるいいちば」という名前でパン、野菜の他、雑貨とか絵本とか色々ある、より素敵な場となっています。
 僕らの住む佐久穂町から練馬までは、高速を使って2時間半~3時間くらいで着きます。慣れれば結構近い距離。2人で運転すればそれほど大変ではありません。移動中、子どもたちは起きていればちょっと退屈でしょうが、結構寝ていてくれるのでそれもあまり問題ない感じ。ですが、なかなか行く暇も機会もここのところ無かったので、久々の練馬。市の方はゆっこさんと子どもたちに任せて、僕は野菜セットの配送とか、実家にも顔を出したりしました。両親はよく手伝いに来てくれるので珍しくありませんが(笑)、兄や祖母とは久々の再会。兄とは、考えとか志向とか結構違うと思いますが、すごく似ていると思う部分もたくさんあります。物事の見方の好みとか。よく本を読む人で、僕が実家に帰ると必ず彼が図書館で借りてきた本が何かしら置いてありますが、そのチョイスがすごく僕好み(笑)。ジャンルも国際問題から食事療法まで(?)多岐に渡り、僕は自分ではわざわざ読もうと思わない本だったりしますが、それを借りてくる気持ちはすごくよく分かる、みたいな感じ。僕的に、いいセンス。ただそこが、似ているだけかも。まぁ、おもしろいです。

 あと、高校(都立大泉)の同級生で、当時から仲の良かった友人にも会って、彼の住んでいるマンションの一室に上がりこみ、高校の卒業アルバムを見たりしながら色んな話で盛り上がったり懐かしんだりしました。僕は小学校から大学までの「学校生活」の中で、いちばん高校時代が楽しかったと感じています。「変な人がたくさんいておもしろい」とその当時から長らく思っていましたが、というよりは、個性を潰されにくい場だったんだろうと今は思います。自分の「変なところ」を隠さなくて良い環境というか。それぞれが、力を発揮しやすい環境だった気がします。出る杭が打たれずにどこまでも出ていっていた感じ(笑)。学校全体で、ということではないかもしれませんね。クラスが違えばまた印象は色々違うのかもしれません。僕は特に2、3年のクラスの居心地がよかった。それぞれがそれぞれを認め合う空気がそこにはありました。楽しかった。
 その頃のような楽しさも、その頃のような友達も、大人になったらそうそうあるものじゃないだろうなとなんとなく思っていましたが、全然そんなことありませんね(笑)。高校時代とは全く状況が違うので比べようはありませんが、今、すごく楽しいし、信頼できて大好きな友達がたくさんいるし、深く話せる友達もいます。高校時代の友達も、もちろん今でも友達だし。そして何より、今の家族がいるし。本当に、ありがたい!環境にいます。
ありがとう!  健

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