ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 147号

どうもどうも~。今日もようこそ。
朝晩はすっかり寒くなっています。この出荷の後の夜、今シーズン初、ストーブに火を入れました。
昼間はそれなりに暖かいので、寒暖差がすごい。野菜は美味しくなるみたいですね。
ナスが甘くて驚きます。

では今週のひとつぶ便りです。色々補足が必要な内容ですが、今パソコンから離れたいので御免!

ひとつぶ便り 147号(2013年9月27日便)
 いつもありがとうございます。季節はすっかり秋ですね。めっきり涼しくなって、うちの周りも風邪が流行っています。次女・花野ちゃんも鼻水ずるずるだったり、先日ちょっと熱も出していました。その日のうちに割と元気になっていましたが。皆さんもお体大切にお過ごしください。
 秋といえば稲刈り。ここ佐久穂町でも稲刈りのシーズンです。道路を走っていると、機械で稲刈りをしていたり、刈った稲を「はざ」に掛けている姿をよく見かけます。全国的には、現在はコンバインという機械が使われることが多く、これはその場で刈り取りと脱穀をします。そして脱穀したものを乾燥する機械で乾燥させるわけですが、僕らの住んでいる佐久穂町やお隣の佐久市では、「はざ掛け」をする習慣が残っています。まずバインダーという機械で稲を刈り取って結束。そうして作った束を、木などで組んだ「はざ」(即席の物干し竿)に掛けていきます。はざ掛けされた田んぼはとてもきれいです。秋を感じる景色です。僕らの田んぼももうすぐ、という時期。どこの田んぼも誰の田んぼも、春からの積み重ねが今のみのりにつながっています。先人たちから続く田んぼをつないできた営みの積み重ね、といった方が正確でしょうか。有り難い。
 畑の近くの道に落ちている栗を拾ってきて栗ご飯にしたり、秋分の日にはお萩を作って食べたり、カボチャのおやつやスープを食べたり、食卓でも秋を感じます。満喫しています。秋も美味しい季節ですねぇ。

今週の野菜セット
 だいぶ葉ものが育ってきました。美味しい葉っぱをお召し上がりください。キュウリなどはもうほとんど採れませんが、ナスやトマトは少しは採れます。今日、丸ナスと青ナスを蒸したものに薬味醤油(醤油にミョウガとかネギとか入れたもの)で食べましたが、すごく甘くて美味しかったです。今までも同じように食べていますが、やはり秋ナスは美味しいのか!と実感。採れる数は減ってきていますが、味はのっています。
 葉ものの野菜も、本当に美味しいなと思って毎日食べています。夏の実ものの美味しさとは、またちょっと感覚が違います。ほっとする、というか。例えばトマトやズッキーニなどより、日本に入ってきた歴史が少し長いから、その分少しだけ、僕らの体に合っていたりするのでしょうか。トマトなどはまだ外から入ってきてから歴史が浅いから、日本では「その土地固有の品種」みたいなものを目にしません。そして、今はF1(雑種第一代)と呼ばれる交配種が一般的なので、そういう地方固有の品種が育っていくことは、現在の状況では考えにくい。一方で、大根やカブ、ナスなどもそうですが、大陸から伝来してからそれなりに歴史のあるものは、日本各地に様々な品種があります。その土地に合ったもの、好まれたものが、選ばれて残ってきたということですね。しかし今、市場に出回っているのは全国どこでも大企業の種会社による交配種の野菜たち。だから、農家は基本的に種をとらないし、もう絶えてしまった地方の品種もたくさんあることでしょう。危機的な状況の中、地域おこしとして伝統品種を守ろうとする動きや、そういう種を残したい農家、団体、小さな種苗会社など、いずれもマイナーなものではありますが、そういうものによって各地の個性的な種たちは命をつないでいます。地域固有の品種は、「交配種」に対して「固定種」とも呼ばれます(交配種は、交配した次の代は同じものが出るけど、その次の代はバラバラのものができます。10年くらいかければ、交配種を「固定」することも可能だったりします)。固定種の野菜たちは、同じ品種の中でも生育の速度、できたものの形、色、結構ばらつきが出ます。一度に、大量に、同じ形を要求される現在の流通システムの中では、排除されてしまう存在。もったいないなと思います。美味しさも、見た目の楽しさも美しさも、それがその地域に合ったものこそ最高だと思います。僕らは畑で固定種を多く育てていますが、買った種も多く、固定種ではあるけれどこの土地に根ざした種ではないものが多いです。自家採種をもっとやっていきたいと思っています。そして、この土地にあった種を、育てていきたい。その土地に合った種を育てるのは、その土地にいる農家しかできないことかもしれません。

平和について
 ところで、「平和」というのはひとつぶ農園のひとつの大きなテーマです。
 最近、憲法の解釈を変えて「集団的自衛権」を行使できるようにしようとしてたりだとか、政府の動きがなかなか恐いです。そんな中で、強く感じることがあります。まず、僕らは「戦争」と「平和」について、ちゃんと教わってはいないのではないかということ。それは意図的に、誰かが(例えば政府が)自分たちに都合が悪いから教えないようにしているのではないかということ。
 「戦争」は銃や飛行機やミサイルや爆弾でドンパチやること。「平和」はドンパチやっていないこと。というのが、僕が学校教育で身に付けた知識。そして、「平和」というのはすごく消極的なイメージでした。先日安倍首相が「積極的平和主義」という言葉を使い、これも集団的自衛権の行使に関する話ですが、積極的に平和を守る、というのは軍隊て「敵」をやっつけることでしょうか。絶対に違う!!僕は全く教わった覚えがないし、今も想像力は乏しいけど、平和の為にできることは数限りなくあるし、今この場でできることもたくさんあります。僕らの行動は、世界とつながっています。戦争とも、平和とも。例えば分かりやすいところでは、買い物によって。僕らは簡単に戦争に荷担できます。しています。何か一つ、戦争につながる行動を変えれば、それが平和につながります。たぶん、戦争や平和に対して、僕らに「無力だ」「自分にできることはない」と思わせることこそ、戦争をしたい人たちの望み。僕らと世界のつながりを、いつでも思い出しましょう。  健
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ひとつぶ便り 146号

どうも~。今日もお越しいただいてありがとうございます。
明日は幼稚園のイベントに、ひとつぶ農園も出店させてもらうので、色々と準備しております。野菜とカボチャパイとか売ります。小麦粉もちょっと持っていきます。あとちょっとだけパン(カンパーニュ)も持っていきます。このお祭りの為に小さく焼くとかいうことはせず、いつものサイズで焼いています。粉が500gだから、結構でかい。うちのオーブン(ピーステンピ851型)だと1回に1個しか焼けないので、色々と段取りが難しかった。発酵の早い夏場には無理だなと思います。現在、全4個中、最後の1個を焼成中。どうかな?

では今週のひとつぶ便りです!

ひとつぶ便り 146号(2013年9月20日便)


 いつもありがとうございます。台風、皆さんのところは大丈夫でしたか?長野県もかすめていって、特に直撃をくらった南の方で大きな被害が出たところがあるようです。16日は僕らの住んでいる東信地域でも稀に見る大雨でした。翌日の今日(17日)、うちの畑は大丈夫でしたが、まだ水浸しの畑も目にしました。この辺りの土は基本的に水はけがいいので(田んぼには不向き)、畑が水浸しという光景はあまり見たことがありません。なんともすごい雨でした。16日は少しだけですが大根葉やピーマンなどを出荷するところがあったので、家でおとなしくしていたいところでしたが(笑)、大雨の中収穫していました。あまりの大雨で合羽があまり意味がなく、びしょ濡れ!でした。寒かった。
 そして台風一過の今日17日、朝、起きてあまりに寒いから外に温度計を見に行ったらなんと4℃!!びっくりしました。昼間は台風のあとでよく晴れていたのに肌寒く、秋本番といったところでしょうか。そしてあっという間に冬がやってくるんですね。
 
今週の野菜セット
 大根の間引き菜、カブの間引き菜など入ります。葉ものの成長早いなぁ。と思ったらもう9月も後半だから、順調ではあるけど早いというほどのペースではないですね。早いのは月日が経つこと、か。急に涼しくなったので今夜はキャベツとかどっさり入れた鍋でした。美味しかった!昨日まではそれなりに気温があったから、鍋なんてあまり想像できませんでしたがもう毎日鍋でもいい、というような気分です(笑)
 気候が変われば野菜たちは直接、なんらかの反応をするので、採れるもの、採れないものが季節でどんどん変化していきます。僕ら人間の食べたいものも季節ごと、どんどん変わってきますね。こうして涼しくなってくれば、生トマトより葉っぱでお鍋がしたい、というように。採れる野菜の変化と、僕らの趣向の変化が合わさるのが、おもしろいものだなと思います。今はスーパーでも生協のような流通でもいつでもなんでも手に入るような時代ですが、そのときいちばん美味しい野菜と、そのときいちばんそれを食べたい自分が合わさることがいちばん贅沢な気がします。
 先週に引き続き、カボチャ入ります。長野在来の品種です。ハッパードって名前。種をとっておいて来年庭(などがある人)はそこに播いたら、カボチャ栽培が楽しめますよ。

適温
 ところで前にもちょっと書いたことありますが、日々パンを焼いています。ひとつぶ農園産の小麦粉で焼いています。今年は去年に引き続いてゆきちから、南部の2種類ですが、今年のゆきちからがどういうわけかものすごくグルテン含有が多いようで、ものすごくパン向き。よく膨らみます。お好み焼きやホットケーキはもちょもちょしてしまうので不向き(笑)。最近は2日に一度くらいのペースでパン(カンパーニュ)を焼いているのですが、酵母の調子がまた、気温の変化に敏感です(ホイロとかないので常温発酵)。暑いと発酵が早く、だれるのが早かったりで、涼しい方がお付き合いが楽です。同じように膨らめば同じような味のパン、というわけではなく、短い時間で発酵したか長くじっくり発酵したかでは、また味が違うようです。季節、気候と自分のスケジュールと合わせながら、発酵を見ていくのはとても楽しい。そして最近のパンはかなり美味しいです。「天然酵母」と呼ばれるものたちも色々とありますが、うちは小麦粉と水だけから起こした酵母で、今はパン生地を一部とっておいて、次のパンに入れる、という方法でつないでいます。比較的ゆっくり発酵していく酵母なので、気温により朝仕込んで夜焼いたり、昼仕込んで夜焼いたりしています。最近は夜、子どもたちが寝たあとに焼くのが基本です。
 温度のちょっとした変化で、発酵が全然違ったりして、「なかなか敏感だな」なんて思いますが、人間もなかなか敏感ですね。都会に暮らせば上に書いたような野菜の旬には鈍感になりやすい世の中だと思いますが、暑かったらビールの売り上げが伸びるし、寒かったらおでんの売り上げが伸びるのは確か。食べ物や飲み物に限った話ではなく、温度の変化は人の行動、感情、様々な面に作用します。極端な話、マイナス20℃で外に長時間じっとしていたら生きていられないし、40℃で水がなかったりしたら長くはもちません。人間が快適に活動できる温度の幅は、それほど大きくないと思います。
 小麦粉を発酵させる酵母たちも、寒ければゆっくり活動するし、暑ければだれる。活発に動ける、「適温」があります。人も、「適温」のときは活発に動き、寒ければゆっくり、暑ければだれながら、生きていけたらいいのになとか、思います。とてもそうできる世の中ではないような気がしますが。
 
 温度だけに限らず、意識しようとしまいと、僕らは自然の力に影響されて生きています。農林漁業などに従事していればともかく、たいていの人が、今は自然を意識しなくても生きていける世の中ではないかと思いますが、意識しないからといってつながりが無くなっているわけではありません。太陽、空気、水、土、どれが無くなっても、僕らは誰も生きていけません。土とのつながりを意識していないからといって、土とつながっていない人など誰もいません。こうしてパソコンの前に座って画面を見ていれば忘れそうになるけれど、僕は今も空気を吸って、吐いて、生きています。地球があるから、座っていられます。よくよく見ていけば、このパソコンという機械もまた、もとをたどれば全て自然から来たもの。今、この周りにあるものも、着ているものも、全てそう。
 自然とのつながりは意識してもしなくても生きていけるかもしれないけど、意識した方が、幸せだと思います。誰も、自然から独立も孤立もしてはいません。健

09/17のツイートまとめ

Komiken_

今日、温度計4度くらい指してる。寒いな!
09-17 06:58

ひとつぶ便り 145号

どうも~。今日もお越しいただきありがとうございます。
今日もいい天気だわ。ジャガイモ掘りがまだまだあるので、ジャガイモ掘り体験(労働(笑))がしたい方は是非ご連絡ください。
お野菜の注文も随時、してますので!連絡先などはこちら。よろしくお願いします。

では今週のひとつぶ便りです。

ひとつぶ便り 145号(2013年9月13日便)
 いつもありがとうございます。先週の出荷の日も雨だったし、その後もだいぶ雨続きでした。洗濯物が乾きませんね。八千穂ではそろそろストーブを焚くような季節ですが、今年はまだそこまで寒くはないので高性能乾燥機である薪ストーブを稼動させるにも至らず。晴れた日は洗濯物的にも大変ありがたく感じます。子どもが増えればそれだけ洗濯物も増え、雨が続けばそれだけ乾かない洗濯物も増える、というわけなんだなぁと、ふと思いました。うちは現在娘2人だから全然大所帯の部類ではないけど、それでも人一人の洗濯物が増えるってのはそれなりの変化だと感じます。大所帯で雨続きは、大変そうだなぁ。

今週の野菜セット
 だいぶ涼しくなってきて、トマトとかキュウリなど実ものたちはだいぶ落ち着き気味。そんな中、ブロッコリーやらカボチャ、大根の間引き菜などが入ります!食卓からも、季節の変化を感じます。去年はこの時期かなり暑く、確か30℃くらいの日が何日もあったのですが、今年は(今のところ)涼しいです。秋らしい秋、といったところでしょうか。ちょっとした気温の違い、天候の違いに野菜たちはそれぞれ繊細に反応し、対応していきます。気候が自らに合っているなら、もちろんどんどん伸びたり実を付けたりしますが、合わない時は合わないなりにその時の最善を尽くしています。どんな厳しい環境に置かれようと、例えばナスが鹿に葉っぱを全て食べられたなら(過去にあったなぁ)、その瞬間にはもう腋芽を出して別の形で自らを再建する作業を始めています。その潔さというかなんというか、本当にすごいと思います。その素晴らしさについて考えていると、すごく楽しい気持ちになってきます(笑)。植物がどのように考え、反応し、実行しているのか、人間の僕には到底理解できるものではないですが、その過程はものすごくすっきり、そしてはっきりしている気がします。そんな質の思考が欲しいなと思います。
 その、植物たちの持っている「情報」の在り処を考えるとまた、不思議でおもしろいです。どのような温度でどう成長するか、どのような気候でどのような形になるか、葉っぱを全て失ったらどうするか、地下茎だけになってしまったらどう再生するか、といったありとあらゆる情報を植物たちは持っているわけですが、動物のように脳があるわけじゃなし。種のとき既に、その情報が全てそこには入っているわけですよね。そして、例えばギシギシとか、野菜でいったらジャガイモとか、地下茎ひとかけらからでもまた芽が出て根が出て完全復活、というものたちもいるわけですが、その地下茎一片一片にその全ての情報が詰まっているということ。頭のいい人にはそんなに不思議なことじゃないのかな?僕には不思議でおもしろくてしょうがないです。まぁ、命なんてみんな奇跡だと思います。動物も植物も、僕もあなたもあの人も。

娘たちのこと
 花野ちゃん(1歳2ヶ月)が成長著しいです。言葉が結構通じます。簡単な質問にはうなづいたり首を振ったりしてしっかり意思表示しています。最近はボキャブラリーもだいぶ増えました。「ワンワン」と「ニャンニャン」を区別して呼べるようになってきました。鶏の「コッコ」もお手の物。外に出るのが好きで、「クックー(靴のこと)」と言っては僕らを外へ連れ出そうとします。靴を玄関から家の中に持ってきてしまうこともあります。おしめが濡れていて気持ち悪い時は自分でおしめを持ってきて、こちらに主張します。「換えてくれ」と言っているような感じ。今日(11日)の午前中、義父のうちに預けていたときに、明らかに眠そうになってきて、彼女は自らおんぶ紐を持ってきたそうです。どうやら「これで寝かせてくれ」という要求らしい。いやすごい。おもしろい。
 あと、最近はふにゃふにゃぶつぶつぺらぺら、何か意味はわからないけど喋っています。葉菜ちゃんもやっていたのを思い出します。歌も何やら歌っています。基本的にご機嫌さんで、たくさん笑わせてくれます。いないないばあも得意。何かに隠れて、「ばあー」っと。
色々と、自分でやるのが好きなようで、食事を食べるときも食べさせようとすると怒られたりするし(笑)、絵本を読むのは好きですが、自分で読むのが好きで、読んでもらうのはまだあまり興味がないみたいです。絵本を「コレ!」と言って持ってくるのですが、僕らが持ったりめくろうしたりすれば怒られます(笑)。自分でめくって絵を見ることを楽しんでいる感じですね。それはただ、まだそういう時期というだけの話かもしれませんが、葉菜ちゃんの同じ頃を思い出すと(忘れてもいるけど)、だいぶ性格の違いを感じます。
髪の毛が2人とも相変わらずもしゃもしゃで、後ろから見ると同じようです。僕らが見ると顔はあまり似ているようには見えませんが、そっくりと言われることもあります。僕はそのときいなかったのですが、今日はどういうわけか葉菜ちゃんに花野ちゃんが抱きついて離れない時があったそうです。姉妹でもめていることもよくありますが、お互いを大切に思う気持ちも確実に育っているように思います。素敵。
 葉菜ちゃんは4歳と4ヶ月。絵本を読むのが好きで、僕も色々な話が読めるのが楽しいです。寝る前は『きょうのおはなしなあに』という本を読むことが多いです。ちなみにこれは春、夏、秋、冬と4冊あって、1日毎読んでいきます。今年の葉菜ちゃんの誕生日に買ったものですが、最初は「春」だったのに今読んでいるのは「秋」。これも、色々な話を読めるのが面白いです。
 世の中には色々な物語がありますが、素敵だな、と思えるものに出会えた瞬間は、とても嬉しい。作者の思いとか意図が、それぞれの短い物語の中には存分に現れています。悪いヤツはやっつけるかひどい目に合い、善い人は救われる、というような単純な話はあまり好きではないのだけれど、そうじゃない話、たくさんあるんですね。世界中に。  健

テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ

ひとつぶ便り 144号

今日もお越しいただきありがとうございます。
眠い。

今回は愛の話とかちょっと唐突すぎたかと思いきや、「いつも唐突じゃん」とゆっこ氏に言われ、なるほどそうだったか、と思った次第。前置きとか後に書こうと思ってまず書きたいこと書いてたら、紙がうまっている、ということがしばしばあります。今回はそのケース。
自分の中の流れとしては、前回、「危機への対応」みたいなことを書き、それも大事だけどその前に、子どもとか自分の心に危機を起こさない為には何をすればいいかしら、というところから、愛を注ぐことが大事よね、っていう感じで、愛とか愛情の話。

今回の通信の最後に書いたチャップマン氏の話は、僕は『子どもに愛を伝える方法』(田上時子+エリザベス・クレアリー)という本で見ました。この本は、夫婦間の問題とかを扱うカウンセラーのチャップマン氏の理論をもとに、子どもへの愛の伝え方について書いてある本。内容わかりやすいし薄いからすぐ読めます。なるほど本です。おもしろいです。
そしてこの前ちょっと調べたら、チャップマン氏も『子どもに愛が伝わる5つの方法』という本を書いてるみたいです。ほとんどタイトル同じですね。これもおもしろそう。対象が子どもじゃない本もあり。
夫婦でも、お互いに愛していると思っていても、伝達方法の違いですれ違い、離婚に至るほど深刻な問題になっちゃう場合もあるようです。例えば片や、言葉で愛を感じる。片や、サービスで愛を感じる。お互いに自分が「愛されている」と感じられる方法で相手に伝えようとしても、伝わらないってことがあるわけですね。まー愛情そのものがあるのかどうなのかって問題の夫婦とか親子とかもいっぱいあるでしょうが、伝達方法の問題ってところもたくさんあると思います。自分でもよくわかってないケースも多いかと。

では、どぞ。

ひとつぶ便り 144号(2013年9月6日便)

 いつもありがとうございます。ここのところよく雨が降ります。でも晴れ間も結構あるし、種まきしたてでまだ小さい大根やらカブやら葉っぱものたちには悪くない天気かもしれません。まだまだ暑い日もありますが、風は完全に秋の感触です。
 トマトや茄子などもまだまだがんばっています。それぞれの野菜に、暑い時期には暑い時期の、涼しい時期には涼しい時期の味わいがあります。秋の茄子はとても美味しいと言われますね。夏も美味しいけど。ちなみに「秋茄子は嫁に食わすな」ということわざは、「美味しいから食べさせるな」という意地悪説と、「体を冷やすから食べさせるな」という温情説とあるようです。まぁあまり気にしないで(笑)たくさん美味しくお召し上がりください!

愛とか愛情とか
漠然と、時に具体的に、娘たちには「愛情を感じて育って欲しい」とか思います。愛、なんてあまり使い慣れた言葉ではありませんが、娘たちと一緒にいると、自然と考えさせられる言葉です。色々思います。愛ってなんでしょうか。
 愛、といって僕がまず思い浮かぶのが、「子育て中の母熊が人間を襲う」というイメージ。あるいは「子育て中のカラスが人間を襲う」イメージ。はたまた「繁殖期のスズメバチが人間を襲う」というイメージ。人間襲われてばかりですが(笑)、そういうのがまず浮かびます。普段は基本的に人間が近くにきたら静かに見ているか、離れるか、という行動をとる動物や虫たちが、小さい子どもを持っているときに、その子どもに危険が迫っている!と思えば、自らの危険を顧みずすぐさま子を守る行動に出るわけです。そのときそこにある、(たぶん)突き動かされるような、燃え上がるような、思考など挟む余地のない「守りたい!!!」「生かしたい!!!」という衝動!!こそが愛情というものなのかなと。
 動物にせよ人間にせよ、愛情はそんな分かりやすい形だけでなく色々な気持ちや行動として表れてくるものと思いますが、そういう、誰かを「守りたい」とか「生かしたい」という気持ちが基本なのではないかと思います。そして、受け取る方は「守られている」、「生かされている」と感じることが、「愛されている」と感じることなのかと。
 動物も人間のように、子どもを虐待したり育児放棄したりするものがいるみたいだし、一方でそういう親に見捨てられた子を育てる他の親がいると聞きます。愛情というのはきっと、どの個体も持っているものですが、育ってきた環境とかそのときの状況等によってそれが出やすかったり出にくかったりするものなのだと思います。もともと全く、その性質を持っていないものはたぶんいません。それを育てるかどうか、の話ではないかと思います。大人になってからも愛情を成長させていくことはいくらでもできるものと思いますが、人や動物がそれぞれの愛情を育てる上でより効果的、より手っ取り早いのはきっと赤ちゃんや子どもの頃。その頃にたっぷり愛情を受けられれば、受けられたと思えれば、自分も他の個体を大切にできるような心持ちが育ちやすいものと思います。
 娘たちには是非、そういった愛情と呼ばれる心の部分をどんどん育んで欲しいと思いますが、何故そうして欲しいかと言えば、それがとても幸せなことだと思うから。社会の為になるとか自然環境の為になるとか、そういうのは後からついてくればよくて、何よりまず娘たち自身が幸せに生きる為に、愛情を育むことがすごく有効だと思うのです。娘たちに接していて、自分の中の愛情がじわわ~っと出る時がありますが、これはもうなんとも言えない気持ちよさ。自分を強力に癒す力がそこにあるのがわかります。「無償の愛」なんて言葉がありますが、誰かや何かを愛することは、その愛された誰かからの見返りなどには全く関係なく、愛したその瞬間に愛したその人自身の中で、何かすごくいい感じのことが起こるみたいです。「情けは他人(ひと)の為ならず」という言葉は、これのことを指すんじゃないかと思ったりもします。とにかく、愛された誰かからの見返りという部分だけ見れば「無償」でも、愛した人にとってその行為はとても「無償」とは言いがたいほどに、その人の内部において大きな恩恵を受け取っている気がします。
 思い出すのは冬、スキー場のアルバイト中に流れていたラジオの中の話。原因不明の、慢性的な体調不良に悩まされていたある人(投稿者)が、弱っていた猫を拾って一緒に暮らし始め、その猫に対して「助けなきゃ!」という気持ちや温かい気持ちがどんどん湧いて、そうしたら体調不良がすっかり良くなった、というもの。愛情には、それを注がれた他者を癒す働きの前に、注いだ自分を癒す働きがあるのだと思います。
 たぶんそれほど抽象的な、はたまたスピリチュアルな話ではなく、例えば「愛情ホルモン」などと呼ばれるオキシトシンのような物質の分泌の話であったりする、とても現実的な話だと思っています。
 
 なんといっても娘たちには愛情をたっぷり受けて育って欲しい。僕はもっともっと愛情全開でいきたい。自分の為にも。
「愛情を伝える」と一口に言っても、「愛されている」と感じるツボは、それぞれ色々と違うようです。チャップマンというカウンセラーによると、「言葉」「スキンシップ」「贈り物」「時間(一緒に何かをする、とか)」「サービス(して欲しいことをしてもらう)」の5つのうちのどれかの中に、特に愛を感じやすいものがあるそうです。親子、兄弟などの間でも異なることはよくあるそうで、見極めはそう簡単ではないし、年齢と共に変化もしていくそうなので慎重に見なければいけませんが、すごく参考になります。自分がされたら「愛されている」「大切にされている」と感じることが、相手も同じ場合ばかりでは無い、というのは心に留めておいた方がいいかもしれません。
 愛情そのものも、その表現方法も、どんどん成長させていきたいと思っています。 健

テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ

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