ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

01/23のツイートまとめ

Komiken_

RT @kakosaki: つらさを訴える人に「甘えるな」と責める人は、自分がつらい時に受け止めてもらった経験がないのだろう。つらい時にも頑張ったからこそ今の自分がある、と。でも、人のつらさを拒絶するところに、その人の抱える傷があらわれる。本当はつらさを受け止めてもらいたかった…
01-23 01:16

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ひとつぶ便り 162号

今日もお越し頂きありがとうございます。毎日寒い!!でも今日ちょっとマシ。マイナス15℃くらいの日が結構あって、朝のマイナス5℃くらいはかなり暖かく感じます。ということはマイナス30℃とか体験すると15℃でも暖かいって言うのかしら。

先週のひとつぶ便りですどうぞ。

ひとつぶ便り 162号(2014年1月17日便)
 いつもありがとうございます。今回が今年初めての方も多いですね。今年もよろしくお願いします!
 連日、寒いです。明け方の気温はマイナス15℃くらいの日が続いている感じ。寒中ですね。今夜(14日)も寒い!月と星がきれい!除雪と塩化カルシウム(塩カル)の大量散布により国道には雪はほとんどありませんが、僕らの集落からその国道に出るまでの道路はなかなかとけず、かつ坂道なのでなかなか恐いものがあります。除雪は入りますが、塩カルを撒く量は国道より遥かに少ないってことですね。塩カルはこういう地域には欠かせないのでしょうが、鹿などの野生動物がそれを食べて栄養源にしているとかいう話も聞いたことがあります。貴重な塩分ってことですか。鹿が増えている一因とも。

変わること
 こう毎日寒い日が続くと、朝マイナス5℃くらいだとかなりほっとする感じ。外に出れば暖かさも感じるほど。今、ふとウェブで天気予報(実際より寒いことが多い)を見たところ、明日の朝はマイナス12℃。それを見て、「明日はそうでもないや」とほっとした自分がいてちょっとうけました(笑)。ちょっと前の時期だとマイナスになるだけでひいひい言っていたことを思うと、人の感じ方ってのはいとも簡単に変わるものだなって思います。自分が「当たり前」と思っている感覚は、自分の周りのちょっとした変化で、大きく変わることがあるのだなと。すごく流動的。すごく曖昧。それは全く気温に限った話ではなく、例えば「自分はこういう人間だ」とか、「あの人はあういう人だ」とか、そういう見方なども、どんどん変化していくものだと思います。その「変化」の幅が、思いの外大きいのではないかというのが最近思うこと。見え方、感じ方、考え方、それはどんどん変化もするしているのに、「こうだ!」と決め付けて、見解を硬く固めてしまうことが日々多い気がしますが、もっと自由に柔らかく、もともとしている変化を受け入れていけたらより楽しいのではないかと。それが無責任であったり不誠実であったりしては、色々良くないと思うし、詳しい説明などが必要なこともあると思いますが、意見が変わることとか、見方が変わることとか、感じ方が変わることはごくごく自然なこと。恐れなくていいんだなと思います。
 僕らが「ひとつぶ農園」を始めて5年目のシーズンが終わろうとしています。この5年、僕らの中にも色々な変化がありました。小さな変化から劇的な変化まで色々。農業のやり方などは色々と進歩はあるものの基本的に変えたことはありませんが、そこに対する考え方などはかなり変わった部分があると思います。特に僕は。始めのころに書いていた通信と、今の内容は全く異なります。今シーズンの初めと比べたって、結構変化があるかと思います。色々な部分の色々な変化がありますが、それは僕にとってすごく良い変化が多い気がします。うまくいかないことも失敗もたくさんありますが、向かっている方向は、間違っていない気がします。より、自分が幸せになる方向に。より、自分が楽しくなる方向に。より、自分が平和になる方向に。そんな変化をもたらしてくれている連れ合いと娘たち、詩人・禅僧のティク・ナット・ハン師、そして土や水や風や太陽、その恵みである食べ物たち、考えれば考えるほどに、僕は僕以外の全ての人や物に支えられて生きています。という表現は甘いか。僕は、僕以外の全ての人や物からできています。という方がしっくりくるかな。皆さん、いつもありがとうございます。

忘れること

 人はどんどん変わっていくし、また、どんどん忘れていくものだとも思います。それが自分にとって良いものか悪いものかを問わず、どんなに強烈な体験であっても、忘れていくものなのだなと思います。とても悲しい体験、辛い体験などは、「忘れる」ということが必要な場合も多いかもしれません。それは、人や動物の中にある大切な機能とも言えるのかも。しかしまぁ、大切なことも忘れるから困ったもんです。忘れてはいけないことも忘れる。結構、あっけなく。「これが大切!」「これだけはやめとこう!」「これだけは毎日欠かさずやろう!」とか思っても、次の瞬間忘れていたりしませんか?(笑)
 と、笑いごとでは無いこともあります。例えば戦争の体験とか、地震や津波の体験とか、そういうものの記憶だってきっとどんどん薄れていくものです。薄れていかなければ生きていけないのかもしれないし、そもそも忘れることは自然なことで、仕方の無いこと。でも、忘れてはいけない、繰り返してはいけないことというのがあります。自らが忘れず、そして次代にその記憶を教訓として渡すことは、すごく難しいことだと思います。知恵と工夫を駆使しなければいけない。それでもなお、難しい。
 いかに具体的に、実践的な形で残していけるか。というのが大事でしょうか。「こういう状況に気をつけろ」なんていう表現では、たぶん効果はすごく薄い。「津波のときは、ちりぢりに逃げろ」のように、とか。「こういう時には、こうしろ」みたいな具体的な行動の指示があるといいのかなと思います。
 日本はかつて戦争をして、もう二度と戦争はすまいと誓った人たちがたくさんいたのだと思います。でも、「平和」というものを具体的に、実践的に伝えることが出来てこなかった。日本国憲法、9条のことは良く言われるけど、僕は前文が大好き。物凄くかっこいい。でも、この国はそれを実践してこなかったし、実践に結びつける術を持っていません。理想や目的があっても、それを実践する具体的な手段を知らなければ、それは実現のしようがありません。「平和が大切」と、確認することはすごく大切。同時に、「どうすれば平和を実現できるか」を具体的に考える必要があります。やれることはたくさんあります。健

ひとつぶ便り 161号

どうも!今日もお越し頂きありがとうございます。今年もよろしくお願いします。
毎日寒いですなぁ。

では今年最初のひとつぶ便り(先週のやつ)、どうぞ。今年の出荷もあと3回か。現在、次の通信書いております。

ひとつぶ便り 161号(2014年1月10日便)
 明けましておめでとうございます。昨年も大変お世話になりました。ありがとうございます。今年もよろしくお願いします。
 昨シーズンの冬まで働いていたスキー場はそこが書き入れ時なので、年末年始はほとんど休みはありませんでしたが、今シーズン勤めている酒蔵は大晦日と三が日がお休みでした。なかなか良い正月を過ごせました。毎日お餅とゆっこさんお手製のお節料理(7日現在、まだ色々あります)を食べ、美味しい美味しい食べ正月。たまらんです。勤めている黒澤酒造の新酒(自分が造りに携わったお酒)も飲んだりしつつ。美味しいのが嬉しい。
 休みの4日間とも天気にも恵まれたので昼間は結局、毎日薪をとりに行ったり切ったりしていました。のんびりペースでやってたし、それも楽しかったです。

 今年は雪が少ないなと思っていたら、今夜(8日)は結構降ってます。夕方までは雨でしたが、雪に変わりました。明日の朝は雪かきか。いや夜のうちに一回やっておいた方がいいか。今朝の冷え込みはそこまでではありませんでしたが、昨日と一昨日がひたすら寒かったです。うちの辺りはマイナス15℃近くまで下がりました。酒蔵も床が凍ってたりバルブが凍ってたり。ベルトコンベアーが凍って動かない、なんて他の酒蔵じゃあり得ないようなことでしょうね。あらゆる作業が寒いと大変です。まぁしかし、スキー場よりはだいぶマシか。標高にして800くらい違うし(酒蔵のあるところ800mくらい。スキー場のあるところ1600m~1800m)。手の感覚が全く無くなったあと、動くようになる感覚、今シーズンはまだ味わっていないなと、スキー場の寒さを思い出します。

 4日からは酒蔵の仕事が始まっています。1月は高精白のお米を使う吟醸のお酒などの仕込みがメイン。たくさんお米を削っているし、手間も多いのでお値段も高いわけですね。「普段飲み」と呼ばれるようなお酒と比べてかなり仕込みの量は少ないけどその分、手作業が多かったりします。お米を洗ったり蒸したり、麹の切り替えしをしたり、今僕がやっているのは主にそんなところですが、いずれも大量のお米が相手です。何トンのお米も、一粒ひとつぶの集まり。なんてことを思い、ふと「ひとつぶ農園」って結構良い名前だなとか、思ったりします(笑)。
 「ひとつぶ農園」というのは、僕らが農業を始める前につけた屋号です。特にゆっこさんが「森本農園」とかいう屋号はたとえ暫定的なものとしても絶対ヤダ、みたいな感じだったので、何か考えなきゃってことだったのですがなかなか良いものが思い浮かびませんでした。どうしようかなとなっていたときに、僕がふと思ったのが「ひとつぶ」という言葉。研修先の織座農園で、羊の季春にわらを運んでいたときだったと思いますが、頭の中に「ひとつ」という言葉が浮かび、「ひとつ、ひとつ・・・ひとつぶ」みたいな感じでした。僕は結構「これだ!」みたいな感じだったのですがゆっこさんに言ったら猛反対(笑)。織座農園の典子さんが「いいじゃない」と推してくれたので、しぶしぶオーケーみたいな感じでした。「いつでも変えられるしね」とか言いながら(笑)。というわけでまぁ結構てきとうな感じで決まった屋号ですが、改めて見てみて、なかなか良いなと思います。ゆっこさんも今では抵抗なく使っているようです。よかったよかった。
 その後、農園のパンフレットを作っていた時、どんなことを書きたいか2人で相談していた時、僕が入れたいと思ったのは「冬」のイメージでした。一粒の種から春、その植物の活動が始まり、秋、また種になって冬を越す。そして春を迎える。種を蒔いて芽が出る、というところだけじゃなく、種になってその一生を終える、というところもすごく大切に思えたのです。冬という季節は人間や他の生き物たちにとって確かに厳しいし、「冬の時代」とかあまり良くない表現として使われることもしばしばですが、僕は冬も好きだなって思います。

娘たちのこと

 年末年始はいつもより家にいる時間も長かったので、子ども達ともいつもより遊べました。最近下の子、花野(かや・1歳半)ちゃんは僕のあだ名「こみけん」をすっかり覚え、使いこなしています。どういうわけかやたらと「こみけん」と言っています。僕の服とかが置いてあれば指差して「こみけん」とも良く言っています。僕がいないところでも言うらしい。「わんわん」「にゃんにゃん」「ぶーぶー」「めーめー」など動物や、好物の豆を「めーめー」と言ったりパンを「パンパン」と言ったりも出来ますが、人間でまともに呼ばれるのは現在僕だけ。いや、今書いていて思いましたがまさか動物扱いなのだろうか。今日抱っこしていたら鼻水を僕の肩にべったりつけて、それを見て「こみけん、ぼちょぼちょ」と言っていました。2語文もいけます。まぁなんとも愉快。
 何の歌かはわかりませんが、歌もよく歌っています。姉の葉菜(はな・4歳)ちゃんが良く歌っているので、真似している感じです。そしてよく踊ります。表情もますます豊かになってきて、表現できることも増えてきました。成長しています。
 葉菜ちゃんと花野ちゃんでもめることもたくさんありますが、どんどん仲良くなっているように思います。2人がもっと小さかった頃は、葉菜ちゃんの中にどうしようもない嫉妬みたいなものが今より遥かに色濃かった。そのあたり、葉菜ちゃんの成長もまた著しいんですね。姉と妹だって、他人。今はもうお互いがお互いをすごく好きそう。娘たち同士がそういう関係が築けて嬉しいです。
 家族4人、仲良く楽しくやっています。ゆっこさんと葉菜ちゃん、花野ちゃんに出会えたことに、感謝しています。ありがとう。ありがとう。  健

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