ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 175号

こんばんは。今日もお越しいただきありがとうございます。毎日すごい暑さですね!標高の高い八千穂でも、汗だく。夜もそれなりに暑いし。

そういえば(笑)、八千穂駅の駅前通りにある「駅前食堂」っていう雑貨屋さん(食堂ではない)の外で、今日(26日)と明日(27日)、お野菜市やってます。八千穂の人はみんなお野菜作ってたりもらったりするからたいして売れないだろう。と思ってたら(告知してなかったのもそのへんの理由)予想外に売れました。駅前食堂の中村さんの顔の広さあればこそって感じ。すごいっす。ありがたや。明日、27日もやってますので、よかったらお出掛けくださいね~。うちは野菜とポンせん、友達がお米の販売もしています。駅前食堂(食堂ではありません(笑))自体も営業してますので、お気軽にどうぞ。明日は友達がパンも焼いてくるみたいです。

では、今週のひとつぶ便りです。


ひとつぶ便り 175号(2014年7月25日便)
 いつもありがとうございます。信州も梅雨明けしたそうで。最近暑いですね。暑さ好きの夏野菜たちは喜んでますねきっと。人間にはちょっと大変(笑)。まぁしかし、野菜も暑すぎると全く育たなくなるそうで、もっと暑い地域では、この一年で一番暑い時期に、野菜の採れない期間があるとか。僕らの住んでいるところは標高900メートル前後の場所なので、野菜にとって暑すぎる、ということはほとんど無さそうです。また、どんなに昼間暑くても夜になれば涼しいか、肌寒いくらいになるので快適です。毎年熱帯夜は、1日もありません。素晴らしい。

今週のお野菜セット
 トマトとかインゲンがどかどか採れはじめています。トマト、ミニトマトは今年も全てF1と呼ばれる一代交配種ではなく固定種。今年の赤い大玉トマトは全て自分のところで採った種です。松本に本部と農業試験場がある、自然農法国際研究開発センター(自農センター)というところの、「妙紅」と、「南桜2号」という品種と、埼玉県にある、無農薬・無化学肥料の種屋さん「たねの森」のベルナーロゼという品種です。トマトは比較的、種をとるのが楽なものです。全ての品目で種を採るのは色々と難しさがありますが、やりやすいものから、少しでも自分たちで種を採っていきたいなと思っています。ちなみにミニトマトは、紫っぽい「ブラックチェリー」と黄色の「ホワイトチェリー」は自家採取(もともとは「たねの森」で購入)。今年の赤ミニトマトは「チャドウィック」という品種ですが、これは今年からで、「たねの森」で買った種。と、まぁ品種名を羅列されても何のことやら、ですね。
このような感じで、同じ品種でも何種類かの種を使っているものも多いです。それぞれ得意な気候が違ったりするので、毎年変動する気候に対してのリスク分散的な意味合いもありますが、そんなことよりただ「楽しい」という理由から色々な品種をやっています(笑)。春先に、種のカタログを見ていると、わくわくせずにはいられません。僕らひとつぶ農園は一代交配種(F1)の種も使いますが、固定種の比率が他の有機農家などと比べてかなり高いのではないかと思います。固定種の種選びがそれはもう楽しい。それは各地の在来の種だったり、そういうものから選抜、育成したものだったり。大企業のF1の種選びは、あまり燃えない(笑)。実際、栽培のし易さで、圧倒的にF1品種の方が優れていることもあったりして、野菜を商品として売る性質上、仕方なくF1を使うこともありますが、固定種が好きです。種採りも、できるだけしていきたいと思っています。
ついでにズッキーニは、黄色はタキイのオーラムというF1品種ですが、緑のしましまのやつはココゼリという固定種で、去年自家採取したもの。丸ズッキーニは、ロンド・デニースという固定種。となっております。

30歳になりました!!
 7月18日は僕の誕生日。ということで30歳になりました。特に、30ということに対して特別な気持ちは湧いていませんが、これまであまり感じなかったけど今年感じていることが一つあります。それは、誕生日というものは、その家族全体にとって特別なもの、という意識。ここで言う家族は、産まれた子とその両親と、兄弟姉妹がいる場合はその子たちのこと。僕の誕生日は、僕と、僕の両親と兄にとっての、特別なものだと思います。それは葉菜ちゃん、花野ちゃんの誕生と、その日の重みを強く、強く感じるから。子どもが生まれる前と生まれた後では、様々な状況が一変します。長女・葉菜ちゃんの誕生した日は、僕にとっても誕生日、と言ってもいいくらいの変化があったと思います。葉菜ちゃんが5歳なら僕も5歳。彼女がここに生まれてきたことは、それくらい衝撃的な出来事。あまりこれまで想像したことがなかったけど、自分の両親たちにとっても、僕の兄が生まれた時、僕が生まれた時、それはきっと、すごく大きな出来事。僕の誕生日だけど、両親や兄におめでとうと言いたい。今年はそんな気持ちを抱きました。おめでとう。ありがとう。

 今年の僕の誕生日はちょうどアフリカンダンスの練習日で、葉菜ちゃん花野ちゃんを伴って行ってきました。花野ちゃんは前々回、初めて連れていきましたが、お菓子を食べている時間以外はずっと僕にくっついていて、仕方がないので抱っこしながら踊っていましたが、前回(ちょうど2歳の誕生日)は途中から他の子や葉菜ちゃんと楽しそうに遊んでいました。会場に慣れたか、来ている人に慣れたか、今回は始めから他の子と遊んでいてくれたので、僕は始めから心おきなく踊れました。最近花野ちゃんは、人見知り自体が減ってきた感じがします。あと、葉菜ちゃん以外の子とも、だいぶ楽しく遊べるようになってきたのかも。会話もますますスムーズにできるようになってきたし、ぐんぐん成長していますね。今年はときどきこうして踊りに行っていますが、お母さんたち中心の集まりなので、子どももいて、葉菜ちゃんと花野ちゃんの友達が新たにできるのが嬉しい。僕自身も友達増えてほんと嬉しい。
 行っているのは「サブニュマ」という名を持つ集まりです。伊那谷の中川村というところのタケちゃん、そのパートナーさやかさんを中心として、長野県内各地と、近隣の県にも支部があるそうです。僕が最近行っているのは5月にできたばかりのその佐久支部、「佐久サブニュマ」。「サブニュマ」というのはギニアのマリンケ族という人たちの言葉で「素敵な出会い」「みんなの幸せ」といった意味で、まさにその名前のとおりの集まりだなと思います。上手いとか下手とか一切問われず、みんなが楽しむことが目的、ってのを強く感じます。上手な人たちはほんとに上手ですが、そういうダンサーも、そうでもない僕のようなダンサーも、みんな一緒にステージにも立ちます。その感じ、すごくいいなと思います。

 今回の佐久サブニュマは、人数がいつもより少なく、踊りまくった感じがしました。最後は結構ふらふらでした(笑)。なんか今回は、太鼓が叩かれていない時の踊りと、太鼓が鳴っているときの踊りの違いに驚きました。自分で自分の踊りの違いに。太鼓が鳴っている時にしかできない動きってのがあるんですよね。おもしろい。その「踊らされる」感覚、たまりません。
 サブニュマは、佐久のアースデイでも毎年ステージをやってくれていて、その存在自体は僕がこちらに来た当初から知っていたのですが、去年くらいまで全く興味がありませんでした。葉菜ちゃんが生まれ、色々あって、乗り越えて、その間自分の中ですごい変化が起こって、それを経て「踊りたいな」って思ったんです。誕生日にサブニュマのみんなと踊れるなんてほんと素敵なこと。ありがとう!    健

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ひとつぶ便り 174号

今日もお越しいただきありがとうございます。八千穂の朝は涼しいなぁ。気持ちがよい。

先日30歳になりました。あまり今まで考えたことなかったけど、僕の誕生日は、僕の家族にとっての特別な日なんだなということ。ここでいう家族は、僕とパートナーと娘2人のことではなく、僕と、僕の両親と、兄のこと。僕らの娘2人の誕生日は、僕と、ゆっこさんと、葉菜ちゃんと、花野ちゃんにとって、特別。他の人とは違う次元の記録的な日だと思う。それを考えると、僕の誕生日も同じだよなって思います。両親に、兄に、ありがとう。おめでとう。

では今週のひとつぶ便りでごわす。


ひとつぶ便り 174号(2014年7月18日便)
 いつもありがとうございます。先日の台風、雨が短時間に物凄く大量に降った日がありましたが、ほとんど問題ありませんでした。よかった。山のおかげなのだと思いますが、この地域は台風にはめっぽう強い印象があります。地元の方からもそう聞きます。地震も少ないし、天災には比較的強い場所だと思います。今年は2月、大雪があって大変でしたが、それにしても豪雪地帯の雪に比べたらかわいいものかもしれないし。寒い冬さえ工夫して快適に乗り切れれば、非常に住みやすい場所だと思います。まぁ、その寒さが尋常じゃないんですが(笑)。
 そしてこのところ、暑い!日が続いています。水分欠かさずにいかないといけませんね。冷夏って予想があるけど、秋が早いってことでしょうか。今のところ、暑いです。

 先週は友達とうちでご飯が2回、土曜日は霊泉寺温泉のイベントに家族で出かけ、僕はダンスのステージに立ち、日曜日は分館対抗バレーボール大会があり、と、なかなかの過密スケジュール。エンジョイしております。今年は何かと人に会うことが多いです。なんというか、そういう時期なのかなと思います。どんな場でも、どの人に対しても、誠実でありたいなと思います。

今週の野菜セット

 インゲン初登場と、ミニトマトも今回からまともに入ります。そして大玉トマトも!八千穂の短い夏がやってきています。採れる野菜でうちの食卓は色々と変化していきます。今は、大量に余る大根とキャベツ、そしてズッキーニをいかにして大量に食べるか、というテーマの料理が主ですが(笑)、それがこれからどんどん夏野菜に移行していきます。毎日、贅沢な食卓です。ありがとう。

スポーツのことなど
 サッカーのワールドカップが終わりましたね。うちはテレビも無いし、特にサッカーファンというわけでもないので1試合も見てはいませんが!ドイツ優勝ですってね。おめでとう!日本がグループリーグで敗退したのが「残念な結果」というのを最近2度、立て続けに違う場面で聞きましたが、FIFAランキングとかで見ても日本が勝ち上がる可能性はそもそも低かったわけで、順当な結果と言えるのではと思います。むしろ、善戦したのではと。ワールドカップ出場ってだけですごいことだし、前回優勝のスペインだってグループリーグで敗退しているし、ベスト16までたどり着くのはたぶん全く簡単なことじゃありません。確かなことは、選手、監督はじめ色々な人の誠実な努力があって、あの舞台までたどり着けるということ。そこで勝てなかったからといって、その努力が否定されるはずありません。
 
 僕は中学はバスケ部、高校はラグビー部で活動していました。全くたいした選手ではありませんでしたが、まぁ毎日がんばっていたつもり。今となって思うことは、苦手を克服する努力より、長所を伸ばす努力に力を注いだ方が、よりチームに貢献できたのかなということ。団体競技のおもしろさはたぶん、「足し算」じゃなくて「掛け算」みたいなところ。全てのプレーの質が高い選手に憧れを持っていたけど、限られた練習時間と自分の能力的に、たぶん目指すところはそこではなかった。もっと自分の短所と長所を知り、短所はある程度捨てて、より長所を伸ばすべきだったんじゃないかと。
 今、高校のラグビー部時代を思って書いていますが、ラグビーは15人で1チームの競技。15人で守り、15人で攻めるようによくできたルールなので、お互いの長所を生かし合い、短所を補い合うことがより可能な競技。1人が全てできる必要は無いのだと思います。できる必要がないというか、むしろできない方がいい、ということもあるのかも!と今思いました。
 中学時代によく見ていたアメリカプロバスケットボール(NBA)の、マイケル・ジョーダン2度目の3連覇のときのシカゴ・ブルズ。大好きなチームでしたが、このチームは、ジョーダンという絶対的な「強さ」と、他の4人の個性とそして「弱さ」のバランスが絶妙で、最高に美しかった。マイケル・ジョーダンが素晴らしい選手だからといって、例えば全員がマイケル・ジョーダンだったら、そのチームは間違いなく弱い。ジョーダンが2人でも、ぶつかっちゃって、力は半減するかもしれません。それぞれがそれぞれの個性を発揮し、その結果ジョーダンが輝き、周りも輝いているチームでした。あのチームのピッペンやロングリーという選手がもし、強靭な精神力と強い性格を持っていたとすれば、少なくとも優勝できるようなチームにはならなかったのではないかと思います。ジョーダンとぶつかってしまって。彼らが「弱くてよかった」とか「弱くてもよかった」という話ではなく、ジョーダン中心のチーム作りをする中で、「弱くなければいけなかった」と思うのです。(どちらも技術も能力も高い素晴らしい選手です。)
 まぁ、テレビ画面を、僕の目で見ているだけの判断なので、それは正しい見解ではないかもしれませんが、人と人が関わりそれぞれを活かし合う時、強いことが良いことで弱いことが悪いこと、できることが良いことでできないことが悪いこと、なんて見方は単純にはできないと思います。人と人の関わりの中では、強いこと、できることが短所になることもあるし、弱いこと、できないことが長所になる場合だってあります。短所、長所という言葉を使うことすら、適当ではないのかもしれません。それぞれがそれぞれの個性を認め、受け入れ、理解することができたとき、長所とか短所なんて言葉は、意味を失うのかも。あなたがいて、僕がいる。僕がいて、あなたがいる。というだけのことか。「それぞれの長所を活かし合い、短所を補い合う」ということが、強い素敵なエネルギーを生み出す、ということをもともと書きたかったのですが、ちょっと今変わりました。それぞれがそれぞれを、優劣や勝ち負けを超えて丸ごと認め、理解することは、より広く、深く、優しい視点だと思います。その視点こそ、大切だという気がします。

 たぶん、目指すものが勝利とか成功、という視点で途中まで書いていた感があります。でも、求めるものはそこではありません。目指すのは平和。求めるのは、平和。勝利や成功を求めるのなら、どうしてもそこに、淘汰や排除がはたらいてきます。そうではない、平和な方向が必ずあると思うし、矛盾するようだけど、その方がそれぞれの人の能力を引き出すことになるし、個人も団体も社会も活き活きするはず。
 畑も、そこにいる虫や微生物や野菜や草たちが、存分に力を発揮して、すべての命が活き活きする、そんな畑が理想です。例えば人が集まる場も、日本という国もそうであったらいいなと思います。例え僕が手も足も動かず、口も聞けなくなったとしても、命の価値は今と何も変わりません。       健

ひとつぶ便り 173号

今日もお越しいただきありがとうございます。台風、こちらはたいしたことありませんでした。長野県は、南木曽ってところで土石流が発生して大変な被害になったようです。なんとも・・・。

そろそろ梅雨明けでしょうか。このところ完全に真夏の気温です。

ひとつぶ便り 173号(2014年7月11日便)
 いつもありがとうございます。雨が多い今年の梅雨ですが、今度は台風ですか。既に災害になってしまっているところもあるようですが、僕らのところは今のところ大丈夫と言える範囲。お野菜が皆さんのところへ着く頃には、台風が通過したあとだと思いますが、どうなっていることやら。長野県でも既に、災害になってしまっているところがあります。人命が失われることの辛さと、洪水、土砂災害などで、長年、丹精込めて育ててきた土が流される農家さんを思うと、心が痛いです。

今週の野菜セット
 キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーなど、とれとれです。味も最高なので色々美味しく召し上がってください。今日はその3種のフライでした。キャベツのフライ、この前松本に友達を訪ねた時に一緒に行ったカフェのランチの一品で、なかなか美味しかった。それを、今日ゆっこさんが真似して、作りました。ちなみに今パン粉がないので小麦のふすまで代用。
 ズッキーニもどんどん採れています。うちは油で焼いて塩、から始まってまたそこにたどり着きますが、揚げ物、炒め物、煮物、漬け物、色々な使い道があってどれも美味しいのでやりたいようにやってしまってください。学生時代、群馬の農家さんに1週間だけ滞在したとき、「ズッキーニはナスと同じ料理法でいいよ」と言われたのを覚えています。要するに万能、ということだと思います。焼きナスのような、ナス特有の料理はできない気がしますが、他は本当に何でもいけます。僕はもともとナスの味噌炒めが好きなので、ズッキーニでもやってみたら美味しくて、よくやります。長女・葉菜ちゃん(はな、5歳)も大好き。ナスと一緒に使っても美味しい。と、ナスはもう少々お待ちください。
 トマトなど夏の花形も、とれるのは今月後半になりそうです。例年通りかな。冷夏の予報が出ていますが、その通りなのか、涼しい日が多く感じます。と、書いた日は涼しかったのですが、そのあとかなり暑い日が続いています(笑)。台風のあとも暑そうですね。

平和
 平和というのは、ひとつぶ農園の、僕とゆっこさんの、テーマです。大切にしている言葉です。秘密保護法が可決し、集団的自衛権行使は容認され、今この国は、戦争へ向かっているのでしょうか。絶対にやめて欲しいです。個人として、集団として、国として、平和の為にできることは、数限りなくあると思います。武力行使がその手段であるはずがありません。
「平和憲法を持っていること」とそれを忠実に守ることは、国として、世界の平和に貢献できる大きな力を持っていると思います。今までも、曲がりなりにも平和に貢献してきたものと思います。「積極的平和主義」という言葉を安倍首相は使い、それは先制攻撃して「敵国」を叩くことなどを意味するようですが、明らかな間違いだと思います。そんなふうにして平和は作れません。ただ、戦争が広がって、続くだけ。日本でもテロが起きるかもしれません。でも、それが武力、暴力抜きのものとして考えるなら、「積極的平和主義」って、言葉としてはすごく素敵だなと思います。積極的に平和を作るって、どういうことでしょう。
「平和」というのが受身で、弱く、消極的なもの、という意識がそもそもあるから、そこでわざわざ「積極的」と言うのでしょう。でも、平和を保ったり、平和ではない状態をより平和な状態にもっていったりするには、能動的に、積極的にどんどん動いていかなければいけません。国として、戦争や紛争を止める為に人やお金をつぎ込むことは、もっとできるのではないですか?ちょっと前に、「紛争解決請負人」の伊勢崎賢さんの、信濃毎日新聞のインタビュー記事がありましたが、そこで彼は、紛争をしている国と国の各代表を日本に招いて、そこで話し合いの場を持たせる、という提案をしていました。国として、そういう専門の役所を作り、専門家を育てて、そこで日本が間に入って交渉する、というような。そしてそれは、平和憲法を持ち、直接戦争に関わってこなかった(と思われている)日本にこそできることだとも。例えばこんな役割を、日本が果たせるのだとすれば、それはすごく素敵だと思います。あと、伊勢崎さんのような人を、養成したり現地に派遣したりすることにお金と人員を割いていいのではないかなと思います。人を殺める為に戦場へ行くのではなく、人を生かすために戦場に行く人を育てたらいいのではないかと。
そのような直接的な方法に限らず、災害救助とか戦災復興、医療、福祉、教育などの分野で他の国を助けることも、国としてできる具体的な行動だと思います。お金とかインフラも大事ですが、温かい気持ちを通わせることが、お互いの国にとって最も価値のあるものだと思います。
 積極的に平和を作っていくというのは例えばこういうことだと思います。僕は発想が豊かな方でもないし、もっと色々な方法があるでしょう。憲法に沿う国のあり方を目指していくなら、その日本はすごく素敵だと僕は思います。

 個人としてできることもたくさんあります。僕らの行動の全てが世界を作っているのだから、僕らは行動の全てにおいて、戦争に加担し得るし、平和に貢献できます。例えば何を買うのか、より意識的になることは大きな行動だと思います。「声を上げる」というのも大切だと思います。あと、「行動しない」という行動も、重要かもしれません。先進国に暮らしている以上、動けば動くほど空気や水を汚し、他国や自国の搾取に加担することになることも多い。止まってみる、というのはすごく大切かもしれません。それはとても勇気のいることかもしれません。自分が息をしていることに気づいて、微笑んでそこにたたずんでみたらどうでしょう。  健

ひとつぶ便り 172号

こんばんは!今日もお越しいただきありがとうございます。今日は、高校時代からの友達Kちゃんと、そのパートナーOちゃんとうちでランチでした。ここのカップルは2人とも、聞き上手だなといつも思います。場がとても落ち着きます。素敵です。

今回のひとつぶ便りですが、出荷前々日にいつもの分量(A4、2枚)は書いたのですが、集団的自衛権行使容認の閣議決定があったので、反対、だけでも書いておかなきゃと思って出荷当日に追加で書きました。反対です。

ひとつぶ便り 172号(2014年7月4日便)

 いつもありがとうございます。相変わらず雨の多い天気ですが、ここのところ晴れ間もかなりでてくれます。かなり気温も上がってきて、夏の空気を感じます。でも、こちらの夏は温度は上がっても湿度がとても低いので、例えば東京とかと比べたとき、だいぶ過ごしやすいです。この前練馬へ行ったとき、何もしていないのに汗が背中を流れたのに少し驚きました。こちらでは、気温はかなり上がっても、それなりの運動量の仕事をしないと汗はかきません。熱帯夜もなく、夏は本当に過ごしやすいです。野菜なども、暑すぎれば育たない、ということがあるようですが、標高の高い僕らの畑でそんなことはありません。冬が極端に寒く、長いこの地域ですが、夏は住みやすいところです。冬、もうちょっと寒くなければいいんだけどな(笑)。

今週の野菜セット
 ズッキーニが採れだしました!今シーズンもよろしくお願いします。僕らは輪切りにして油で焼いて塩、が定番です。煮てよし、焼いてよし、揚げてよし、炒めてよしの万能な野菜なので、好きなように使ってやってください。薄切りにして塩もみ、というのアリだし、糠漬けなどもかなりいけます。
 カリフラワーも今シーズン初登場!ひとつぶ農園の野菜の中でも評判の良い野菜。このカリフラワーや、キャベツ、ブロッコリーなどの育っている畑は、ひとつぶ農園が始まった年から使っているところ。もともと僕らの研修先である織座農園が使っていた畑なので、有機農業歴の長い畑。ふかふかの、すごくいい土です。まだ僕らが使い始めたばかりの畑も多くありますが、どこの畑もこういう土になったらいいなと思います。野菜を育てながら、土も育てるということを、色々工夫してやっていこうと思っています。

誕生日おめでとう!
 6月30日は下の子、花野ちゃんの誕生日です。今年で2歳になりました。生まれてきてくれて本当にありがとう。ここまで元気に育ってくれて本当にありがとう。心よりそう思います。花野ちゃんの言動や行動は、ひたすらおもしろい(笑)。いつでも笑わせてくれます。最近は、明らかに冗談のニュアンスでものを言っている時があって(そういう顔をしている)、すごいなって感心します。こちらのジョークも通じる時があって、こんな頃から冗談ってわかるものなのかと、驚きます。おもしろい。
花野ちゃんは主張が強く、はっきりしています。色々と言葉で伝えてくれるので分かりやすいです。基本的に内弁慶。今のところ心を許した数少ない人間にしか抱っこされません。でも最近は少しずつ社交性も上がってきて、初めての場所とかだと少し時間はかかりますが、子どもたちが遊んでいる中に混じって、一緒に何かしたりもするようになってきました。お姉ちゃんの葉菜(はな)ちゃん(5歳)とは、とても仲良し。ケンカもするけど。この前、友人宅へ遊びに行ったとき、何かのタイミングで2人抱き合ってゲラゲラ笑っている様がなんともたまりませんでした(笑)。この先、姉妹がお互いを信頼しあえる関係でいてくれたらいいなと思います。
 ところで、今年の花野ちゃんの誕生日の日に友達から聞いて知ったんですが、6月30日って「大祓(おおはらえ)」って日だそうですね。6月30日と、12月31日が、「大祓」の日で、6月は「夏越(名越)の祓」という呼び名もあるとか。心身を清める節目の日、とされている日。なかなかいいですね。べつに、暦はそもそも人が勝手に決めたものだし、何月何日、どの日だって素晴らしいと思っているし、いつ生まれたってその命の尊さに何の差もないわけだから、その日に生まれたかどうかなんてのはどうでもいい話でもありますが。ちなみに、今ちょっと調べてたら、「大祓」の行事ではススキとかカヤを輪に編んだ「茅の輪」をくぐるということをやるそうです。全然狙ったわけではないのに「大祓」の日に生まれた子に「カヤ」という名前を付けるあたりがやりますね。ゆっこさん(名づけ人)。
 
再会
 その6月30日、僕と葉菜ちゃんと花野ちゃんの3人は、午前中、アフリカンダンスを踊りに佐久市の浅科まで行っていました。今年は時々行っていますが、ダンスの練習会、メンバーが主にお母さんたちのところに参加しているので、大体やるのが平日の昼間。ということで、毎回子どももいっぱい来るので、葉菜ちゃんはもう顔なじみの子もいるし、初めて会う子とは友達になるし、毎回楽しみに行っています。花野ちゃんは人見知りがあるので基本的に僕の側から離れず、時々抱っこを要求されますが、今回は途中から他の子と遊んだり、僕の側にいてもあまりまとわりつかず落ち着いていてくれたので、僕は思い切り踊れました。気持ちよかった!
 今回、伊那谷の中川村からいつも教えにきてくれるタケちゃんご一行の中に、僕らが織座農園で研修中だったとき、農園に数か月滞在していたMちゃんの姿がありました。当時、彼女は心が不調で、よく一緒に農作業もしたりしましたが、農業研修ではなく療養という感じで滞在していました。何でも、最近僕がアフリカンダンスを踊っているという噂を聞き、一緒に踊りたい!と思って今回来てくれたそうで。現在彼女は同じ長野県の豊丘村というところで、家庭を築いて生活しています。1月には長女を出産して、お母さんに。赤ちゃん、かわいかったです。
 6年くらい前のその当時には、こうして一緒に踊るなんてことも、お互い子どもがいて家庭があるなんてことも、想像できないことでした。嬉しい再会でした。嬉しさはダンスに乗って、すごく気持ちよく踊れました。出会いに感謝。ありがとう。         健
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追記:集団的自衛権などに関して
 まず、不勉強なので詳しいことはおろか基本的なこともあまりわかっていないような気がしますが、反対の表明だけはしておかなければと思って、書きます。要するに、現政権は憲法の解釈を変えて、日本を海外で戦争のできる国にした、ということですよね。めちゃくちゃな話だと思います。こんなことが許されるのなら、何のための憲法なのか、全くわかりません。「戦争をしたい」って言うことの自由は、憲法で認められているのだと思いますが、「戦争をする」ということに関しては、はっきりと禁止されています。それを、憲法を変えるという過程も経ずに、政権の意向のみで変えてしまうというのは、本当に、意味がわかりません。こんなこと、認めていいはずがありません。

 僕は全ての戦争に反対します。それは、憲法で定められていようがいまいが、関係ありません。関係ありませんが、憲法で定められているのだから、それはとても素晴らしいことだと思っているし、日本という国は是非ともその方向へ進んでほしい。今は、憲法と逆の方向へ向かっているのではないですか?
 
武力を行使しないことだけが、平和という状態だとは、全く思いません。この国は今、平和なんかじゃありません。毎年、3万人が自殺する国の、どこが平和でしょう。女性に対し、障害を持つ人に対し、子どもに対し、差別的な慣習ばかりが目立つこの国の、どこが平和なのでしょう。豊かな土地と水資源に溢れた国なのに、食品と水を大量に輸入し、まだ食べられるものも平気で捨てまくるこの国は、世界の飢餓に深く加担しています。貧困や飢餓は、戦争へつながるものなのだから、戦争にも深く加担しているということ。日本は、今、およそ平和的な国家じゃないと思います。それでも、武力を行使しない、と決めていたことは、間違いなく良いことだと思います。それさえも手放すのなら、ただのひどい国です。恥ずかしい国です。
 もっと、この国が、そこに生きる僕ら一人一人が、世界の平和の為に、働いてほしい。働かせて欲しい。貧困や飢餓や暴力に苦しむ人たちの為に、できることは数限りなくあるはずです。国としても、個人としても。
僕ら個人一人ひとり、良くも悪くも無力なんかじゃありません。僕らがそこに無関心でいることが、世界の戦争を、暴力を、飢餓や貧困を、広げています。そこに、今より少しだけでも、意識的に生きられたなら、それは、平和への助けになります。僕ももっと、今を、この場所を、大切に生きようと思います。もっともっと。
 声をあげていく、ということもとても大切だと思います。心配なら、心配だと言いましょう。恐いなら恐いと。おかしいと思うなら、おかしいと思うと。どんなことが起ころうと、平和をあきらめたりしません。僕らの中には、戦争も平和もどちらもあります。僕は平和を目指します。もし、共感できるのなら、一緒に行きましょう。         健

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