ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 200号

今日もお越しいただきありがとうございます。先週のひとつぶ便りです。今回200号。最初の頃は手書きでやってたなぁそういえば。

ひとつぶ便り 200号(2015年1月23日便)
いつもありがとうございます。ひとつぶ便りは今回で200号!ちなみに100号の時は確かちょうど花野ちゃんが誕生したときでした。2年と半年前のこと。今、僕の中でうまくいかないこと、下手くそなこと、色々とあるのはもちろんですが、ちょっと振り返ってみると、向かっている方向は間違っていないことを確認できて嬉しくなります。大切なのは今この瞬間を生ききること。微笑んで。
 15日、17日と結構まとまった雪が降り、18日はマイナス15℃まで冷え込み、冬真っ盛り!これを書いている今日は大寒。朝の冷え込みはマイナス5℃くらいで大したことはありませんでしたが、夕方から夜にかけてはだいぶ冷え込んできました。でも今シーズンは家の中が前の冬以前よりだいぶ暖かい感じがします。去年の9月に台所の改装をしたことと、割と乾いているいい薪をストーブに使えていることが大きいようです。建て替えをする家からもらったシステムキッチンに合わせて台所を改装したわけですが、台所が隣の部屋と一つになり、広くなって使いやすくなったのはもちろんのこと、床も断熱材を入れて杉の無垢材の板張りにしてもらった為、暖かさが前とは全然違います。違うとは工事の時にも聞いていたけど実際に体感するとすごいものだなと思います。だいぶ前に新聞で読みましたが、室内の温度の低さにおいて、長野県は全国一位というデータがあるそうです。ものすごく寒い割に、家がそこまで寒さに対応していない、という感じ。最近の住宅は気密性ばっちりでとても暖かいらしいですが、僕らのように少し古い家に住んでいると、家の中が寒いんです。僕らのような新規就農の、外から来た農家たちは空き家などを見つけたり紹介してもらったりして住むわけですが、そういうところは基本的に寒く、「うちは朝味噌汁が凍ってた」みたいな寒さ自慢で盛り上がったりします。このあたりでは一昔前、つい40年くらい前は、ストーブのような部屋を暖めるものは無く、こたつだけの家が多かったようです。ちなみにその新聞記事にはこたつの保有率が長野県は全国一位、というのも挙げられていました。うちは使っていませんが。
 という感じでうちも寒かったし今もまぁ寒いですが、今年は少し暖かい。うちは薪ストーブを使っているので、手に入る薪の質によってだいぶ暖かさも変わってきます。いい薪が調達できないと、生の木を燃やさなくてはいけなかったりもするので、そんな木を燃やしていたら部屋は全く暖まりません。今年は家の近くで割といい木を拾ってくることができたり、少し買ってき薪がよく乾いていてよく燃えて、それなりに暖かい日を過ごせています。チェーンソーも少しは慣れてきたので、薪づくりもそれだけスムーズになってきました。まさかりを使っての薪割りも、なかなか奥が深いです。楽しんでやっています。ちなみにうちのストーブは僕らの住む東信地域で作られ、売られているカラマツストーブというものですが、もともとカラマツの森の荒れた状態を危惧して作られたもの。カラマツの間伐をして、その間伐材を有効利用できる手段、例えばストーブで燃やす、ということができればいいのでは、ということで、広葉樹よりも遥かに高温で燃える針葉樹に耐えるような設計で作られているようです。うちは縁あってこのストーブを購入して、僕ら夫婦が暮らし始めた6年前くらいから愛用しています。上で料理もできるしお餅やトーストも焼けるので、便利。で、間伐材ということで割り箸のことが浮かびました。最近はファミレスなども割り箸でない、使い捨てではない箸を使っているところも多いようで、それを「エコ」とかアピールしていますが、合成洗剤をガンガン使って洗う箸が果たして環境に優しいと言えるのでしょうか。その場合、国産の間伐材の割り箸ならそちらの方が環境負荷が少ないのでは?と思ったりします。木の一回使い切りの箸は江戸時代にも使われていたとか。使い終わったら煮炊きなどの焚き付けに使ったわけです。僕らもストーブの焚き付けは、使い終わった割り箸(大量にもらえるルートがあります)を使っています。とてもよく燃えます。自然の中で、もっと自然に、自然として豊かに生きる為に、考えることがたくさんあると思います。そしてそれを考え、実践することは楽しいことだと思います。
 
今週のセット
 お餅と加工品中心のセットです。僕は酒蔵の勤務が忙しくて土日も午後いっぱいかかる日もあって、5日から休み無しで働いています。そんなわけで1月のお餅作りと出荷作業は全てゆっこさんがやっていて僕はノータッチです。食べるのが専門(笑)。今回のセットが今シーズン最終になる方もいますが、本当に今シーズンもありがとうございました。おかげさまで生きています。よかったらまた5月末くらいから、よろしくお願いします。

ムーミン

 最近僕とゆっこさんがはまっているのがムーミンシリーズ。僕もゆっこさんもこれまでほとんど触れたことのなかったものなのですが、ゆっこさんが図書館で気まぐれに借りてきて、娘たちに読んで聞かせていたら、これがとても素敵!驚きました。トーベ・ヤンソンさんの描く「ムーミン」と呼ばれる種族のとある家族とその仲間たちのお話ですが、登場するそれぞれのキャラクターの自由さと個性と、その関わり合いが読んでいてとても気持ちがいいです。それぞれがそれぞれを、何のことはなくごく自然に、ただ認め合っている、こんな社会がいいなと思います。どのキャラクターも本当に魅力的。
 講談社の『ムーミン童話全集』というのを読んでいますが、①と②は読み終えました。今③を家族みんなで読み進めているところ。僕らが読めば葉菜ちゃんたちも楽しく聞いているようですが、どちらかというと僕ら夫婦が熱心に読んでいます(笑)。子ども達に読みたい、自分たちが読みたい、と強く思うような話にはなかなか巡り合いません。グリムとかアンデルセンとか有名どころの童話とか、日本の昔話とかも、魅力を感じるものが少ない。葉菜ちゃんのいつかの誕生日に買った『今日のおはなしなあに』という本があって、これは春・夏・秋・冬、それぞれの本に一日一話の話が載っているのですが、この中でこの話いいな!と思うものにはなかなか巡り合いません。ちなみにその中でこれが好きだ、というのは「かさじぞう」。あとかなり簡略版だけどトルストイの作品は惹かれるものがあります。というように魅力を感じる作品は365以上の作品を並べられても本当に数えるほど。葉菜ちゃんや花野ちゃんに本当に読んでほしいとか、聞いてほしいと思う作品があまり無いということ。そんな中で、ムーミンシリーズは是非読んでほしい。自分で読めるようになってからも、是非触れて欲しいと思う物語です。こんな作品との出会いは本当に嬉しい。大切なことはみんなが一つになることではなく、みんながそれぞれ違う、ということを理解することだと思います。そしてそれは、不可能なことではないと思います。それを、ムーミン谷の仲間たちも教えてくれます。 健
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ひとつぶ便り 199号

今日もお越しいただきありがとうございます。先週のひとつぶ便りでござる。

ひとつぶ便り 199号(2015年1月16日便)
 いつもありがとうございます。そう言うにはもう遅いかもしれませんが、明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。大晦日に雪が降り、元日もそれなりに降りましたがそれ以降はまとまった雪はなく、6日には雪ではなく雨が降ったりもしてだいぶ道路の雪も融けている状態です。そもそも雪はそれほど多くなく、とにかく寒いのがこの地域の特徴。今はまさにそんな感じです。ここのところ、朝はマイナス10℃が続きました。今日の朝はマイナス6℃くらいでしたが、連日のマイナス10℃を体感すると、だいぶ暖かく感じます。そこの差は4℃。結構大きな差だなと肌で感じます。そしてマイナス10℃と15℃ではまた全然違うんです!
 大晦日から4日までは酒蔵が休みで、だいぶじっくり時間が過ごせました。良いお正月、という感じ。ゆっこさんのお節料理と、ひとつぶ農園のお餅が最高!ゆっこさんが今年もたくさんお節を作ってくれたのでまだあって、毎日食べています。美味しい。ありがとう!

お酒と精米

5日から再開した酒蔵での勤務ですが、現在吟醸や大吟醸(お米をたくさん削って作る高級なお酒)の造りの真っ最中。去年、辞めた人や怪我した人がいた関係で、現在非常に人手不足。毎日なかなか大変です。吟醸酒などはたくさん作るお酒ではないので、使うお米の量は他の、黒澤酒造を代表するお酒に比べてだいぶ少ないのですが、そういったお酒よりも細かくやることが多いので、小さい機械を使ったり、機械ではなく人間がやることが多かったりします。だから、例えば大きめの機械で2トンのお米を洗うよりも、今のような作業で小さい機械で100キロのお米を洗う方が遥かに大変です。
とまぁ手間ひまかけて、それなりに情熱も込めて吟醸酒作りに携わっていますが、飲むのはあまり興味ありません(笑)。値段が高いから買わない、というのもありますが、お米を削るということにそもそもあまりいい印象がありません。うちは基本的に玄米を食べているし、時々精米して食べたりもしますがたいてい5分づき(10分づき=白米)までです。玄米を4割以上削れば吟醸を名乗れるようですが、大吟醸ともなると最大で6割以上削っています。例えば精米歩合65%のお米があるとすると、35%は削っているということですが、この状態でもたぶん、一般の家庭で食べられるお米よりも白いと思います。真っ白です。が、これを精米歩合55%のお米と比べたらだいぶ黄色っぽく見えます。黒澤酒造で最も削っていないお酒は精米歩合80%。これだと食べる「白米」と同じくらいかなと思いますが、他のもっと削ったお米に比べると、しっかりと色があります。
 まぁ色はさておき、削った方が美味しいから削るのかと思いきや、精米歩合80%のお酒も美味しい。そんなに削らなくていいじゃん。と思います。精米にかかる時間など、ものすごい差があります。その為か黒澤の精米歩合80%の純米「くろさわ80」は、値段もとても安い。味は良いです。食べるお米も、白米には白米の美味しさがあり、玄米には玄米の美味しさがあります。美味しく食べるにはそれぞれに炊き方の工夫が必要だし、注意すべきことが全く違ったりもします。お酒も似たようなものだと思います。削ったお酒は削ったお酒の良さがあり、削らないお酒にはその良さがあるはず。そしてそれに要する技術もそれぞれに、違ったものがあると思います。日本酒と言えばこう、みたいなお酒のイメージが既に、かなり削ってあるお米のお酒であって、必然的にそういうお酒の技術を高めることに業界の意識は向いているように思いますが、削ったお酒の技術だけじゃなく、削らないお酒の技術も、もっと高める方向性があるといいのになと思います。ちなみに削られた「糠」はその色で、茶色いものから純白のものまで数種類に分けられ、白いものは「米粉」として流通したりするそうです。茶色いものはふつうの米糠として、農家さんが買っていったりします。

どんど焼き
 11日にはどんど焼きがありました。木でやぐらを組んで、中にわらなどを詰め、周りに竹を巻き、だるまや正月飾り、前の年のお守りなどを飾り付け、ファイヤー!!という行事。一年の健康などを祈る伝統行事。「縁起物」と言われるだるまさんとかお守りとか、処分しにくいものを口実をつけて焼き払ってしまうという合理的なイベント、と感じる部分もあります(笑)。今年は僕は住んでいる集落の「公民館長」という役職で、どんど焼きは公民館活動の一環なので、朝から作業してきました。僕らの集落は佐久穂町の中でも戸数の少ない小さな集落なこともあり、隣の集落で一緒にやらせてもらっています。去年は午後から燃やす時に参加しただけでしたが、今年は朝からやぐらを組んだり、飾りを集めたり、色々やりました。なかなか楽しかった。やぐらを立てる時は上にも上りましたが、自分の縛ったものに登るのはなかなかスリリングでした。
 やぐらを立てたりするのは午前中で、火をつけるのは午後。午後はゆっこさんと子ども達も来て、火が上がるのを見守りました。うちの集落も隣の集落も、若い人や子どもがとても少ない。今回、どんど焼きに来ていたメンバーもほとんどが60前後。子どもはうちと、もう一組いただけです。ちなみにその子どもたちは隣の集落に住む有機農家の先輩のうちの子。少子高齢化!ちなみに今回手伝いに参加していた40代以下の3人はいずれもIターン(地元以外の出身)の有機農家です。佐久穂町は先駆者の先輩たちががんばっていてくれるおかげで有機農家と名乗る人たちに対して他の市とか町とかと比べてかなり優しいようです。全体の人数からすれば大したことはありませんが、徐々に有機農家人口は増えているようです。とまぁそんなことはさておき、継承していったらいい行事だと思いますが、高齢化、後継者不足というなかなか厳しい現状も見えてきます。
 どんど焼きのやぐらが燃えて、熾火(おきび)になってきたらお餅焼きの時間。みんな、それぞれに工夫したお餅焼き道具(網などを長い棒などの先につけたもの)を駆使してお餅を焼きます。お餅もそれぞれが持参。ゆっこさんも特製の道具を作っていました。火はかなり大きく燃え上がり、竹の節が抜ける破裂音がかなり大きな音がするので、子どもたちはその時はかなり怖がっていましたが、火が小さくなり、お餅が焼けるようになってきたらもう大丈夫。喜んでお餅を食べていました。
 
 火はきれいに真上に上がり、すごくきれいに燃えていました。「今年はいい年になるぞ」と誰かが言っていました。まぁどんな年であろうと、どんなことが起ころうと、僕がやるべきことはきっと変わりません。呼吸していることに気づき、今ここを生き、そして微笑むこと。今年もよろしくお願いします。健

ひとつぶ便り 198号

今日もお越しいただきありがとうございます。遅ればせながらあけましておめでとうございまーす。

今回のお便りに出てくる「記事」というのはこれ→「少年漫画に見られる女体化すれば馬鹿になる表現と女性キャラの性的消費」。合わせてどうぞ。もうそれが「社会的」には当たり前すぎたりしてほとんどの人が気が付かないレベルのものから多くの人が気が付くものまで、差別って日常的なもの。映像にせよ本にせよマンガにせよ、自分が見たいと思うもの、子どもに見せたいと思うものってそう多くありません。差別無しの表現だと、つまらなくなると思ってる人はすごく多いのかもしれません。例えば今のテレビから差別的な表現を除くとしたら、喋ることの無くなる人がどれだけいるでしょうか。

ところでムーミンすごい!ムーミンすごい!すごい素敵!というのを最近たまたま知りました。ゆっこさんが気まぐれに借りてきて、葉菜ちゃんに夫婦で変わりばんこで読んでいたらすごく良かった。おもしろいし、差別フリーというのならこういう作品を言うんじゃないかなと思います。これは、シリーズ色々借りてこようと思うもの。それぞれの違いを、ただ何事もなく受け入れるものたち。これでいいじゃんって思います。

ひとつぶ便り 198号(2015年1月9日便)
 あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!
 一昨年から冬は酒蔵に勤めているので、この職場で迎える2度目の正月。例年、大晦日と三が日の休みのようですが、今年は休日の関係で4日まで休みでした。5日からまた休み無しの日々が始まりましたが、大晦日からの5日間、なんだかとてもいい正月を過ごせました。基本的には家にいて、うちのお餅とゆっこさん特製のお節料理を食べながら、家族みんなでゆったりとしていました。朝も寝たいだけ寝ていました。子どもたちともたくさん遊びました。1日の夜と4日の夜は友達の家に行き、一緒にご飯しました。どちらの家も、葉菜ちゃん(5歳)と同じくらいの子どもがいて、同じ幼稚園に通っているので、葉菜ちゃんも大喜びで遊んでいました。
 ちなみにゆっこさんお手製お節はもう食べきったものもありますまだ色々とあります。作ったのは15品ほど。どれもとても美味しい。里芋、レンコンなど、自分たちで育てられないものに関しては買ったりしていますが、たいていの野菜、豆はひとつぶ農園産です。葉菜ちゃんはきんとんとか黒豆とか、甘いものが大好き。お餅はちょっと重いらしく、それほど食べません。お節だけ食べているときも多いです。花野(かや)ちゃん(2歳半)はお餅大好きで、よく食べます。彼女は数がまだよく分かっていないらしく、2個欲しいのに3個と言ったり、3個欲しいのに2個と言ったりして僕らを混乱させます(笑)。

『アナと雪の女王』見ました(2回目)
 4日の午前中、『アナと雪の女王』のDVDを見ました。うちはテレビ無しの生活なので、こうしてみんなで映画を観たりすることはかなり特別なことです。前回観たのはいつだったかな。「上映会」という感じです。画面はパソコンですが。ちなみに義父に葉菜ちゃんたちを預かってもらっているときにはだいぶテレビも見ているようで、葉菜ちゃんたちは結構映像に触れています。
 ところで年が明けて、たまたま見ていたツイッターのまとめ記事で、マンガ『ワンピース』の女性に対する表現とか、いわゆる「おかま」と言われる人たちに対する表現に対してすごく嫌になる、という人たちの言葉を目にしました。男尊女卑、女性蔑視、その他差別の表現がてんこ盛りだという話。高校時代とかは僕も割と熱心に読んでいて、今も友達の家にあれば手に取ったりして、特にそのあたりにそこまで気になったことはありませんが、まず子どもたちには勧めたくないなと思います。僕が勧められない理由はまず暴力で何でも解決するところですが。
 そこの記事でも触れられていますが、男尊女卑とか差別的表現とか、もちろん『ワンピース』に限ったことではありません。むしろ、日本の社会そのものがそういう価値観に溢れています。特に『ワンピース』がひどいということではなく、そのあたりのことに無自覚に生きてこられた人には、マンガにおける表現にも日々話す言葉にも、その差別が現れるのはごくごく自然なことだと思います。僕がそれほど気にならずに『ワンピース』を読めるのも、社会の価値観に染まっているからかもしれません。その記事の人たちが過敏ではなく、気にならない僕が鈍感なのでは、と思います。差別も暴力も、色々なマンガに溢れています。アンパンマンも殴るのが仕事のようです。顔面を食べさせてなんぼじゃないんですかあなたは!それが人気のある作品であればあるほど「嫌なら見なきゃいい」というだけのことでは済まないのが辛いところであり、怖いところ。それを、その作者の他の優れたいい表現と共に世に送り出し、世間には受け入れられ、それを見ながら子どもたちが育ち大人もまたそれを見て、差別や暴力を助長していく、というのはちょっと怖いです。
 で、そのまとめ記事の中のある人は、「そんな固いこと言ってたらおもしろい作品なんて作れないよ」という意見に対し反論を展開。その人がジェンダー表現が気にならない作品として、僕は見たことないんですが『進撃の巨人』が挙がっていて、あとは「最近のディズニー」というのも。へぇぇと思って今回『アナと雪の女王』を観たら、全く違う見え方がしてすごく楽しめました。主人公アナは王女ですが、例えば『白雪姫』とか『眠りの森の美女』に見られるような「王子を待つ姫」というタイプとは完全に真逆。序盤、素敵な王子との出会いもあるにはあるけど、それも自分で外に出ていった結果として描かれているもの。で、色々な場面がありますが、ことごとくアナは自分で選んだり、局面を打開していきます。その姿勢は最後まで貫かれています。アナを助ける山の男、クリストフは優しくて頼もしい、すごく素敵なキャラクターとして描かれていますが、アナが活躍するだけに見せ場が少ない。「おてんば」「無鉄砲」「世間知らず」という設定だと「足手まとい」というのが見慣れた光景なのですが、アナはちゃんと成果を挙げます。その様は最初に見た時もちょっと新鮮な感じがしました。
 まぁ、例えば作者とかの思いはそんなはっきりとした部分に現れてくるものばかりではなく、もっと色々な細かい表現に自然と出てきてしまうようなものだと思います。『アナと雪の女王』では、例えば男尊女卑の思想は、現れていないようです。僕はそもそも敏感ではないけど、全く気になりませんでした。そんなところを意識しながら見たら全く見え方が違っておもしろかったです。話の内容は、ツッコミどころ満載でかなり無理があるもので結構めちゃくちゃだと思いますが(笑)、男女差別フリーという点ではかなりいいものかもしれません。男女差別以外の差別も、少ないものと思います。クリストフが相棒のトナカイ、スヴェンに対して雪だるまオラフが赤ちゃん言葉を使ったときに、「そういう言い方はやめるんだ」って言うシーンが好き。本筋とも前後のシーンとも絡んでこないほんとにちょっとしたシーン。ほんとにこう思ったことが無くては書けないセリフだなと思います。

 世の中には無数の差別があり、自分の中にも差別的な考えがあったりもします。でも差別はいけないことだと思います。差別をすることによって、誰ひとり幸せになんてなれない気がします。差別をされる側はもちろん、する側もまた苦しむだけです。ものの見方が真実から遠ざかれば遠ざかるほど、人は苦しむしかないのかなと思います。例えば「男性が女性より優れている」というのは全く真実ではありません。でもそう思っている人が世の中にはたくさんいて、逆に女性の方が男性より優れていると思っている人も多くいると思いますが、それも間違いです。何ができる、できない、その得失点がその人の価値を決めるわけじゃありません。命の価値を決めるわけじゃありません。僕が今、できることの全てを失ったとして、命の価値は何も変わりません。うまく言えませんが、そういうことだと思います。僕は誰よりも優れていないし、劣ってもいません。そうとしか、思えない時があります。それがたぶん、真実なのではないかと思います。差別のない世界、差別のない自分の心、そこには必ず幸せと楽しさがあります。 健

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