ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 228号

今日もお越しいただきありがとうございます。更新サボってたのでまとめてアップ、3つめ。
先週のひとつぶ便りです。これは更新遅れてません(笑)。

ひとつぶ便り 228号(2015年11月6日便)

いつもありがとうございます。11月に入り、1日、4日と、朝は強い霜が降りました。朝は畑が真っ白です。車の窓ガラスも凍り付いています。昼間はまだまだ気温が上がってくれるし、朝の冷え込みもマイナスに行くか行かないか、といったあたりでまだまだ序の口。1月、2月頃にもなればマイナス10℃はざらだし、15℃が連日、という年もあります。本当に、寒い地域です。人にも動物にも植物にも厳しい場所ですが、それでもどうにか、それぞれが冬を越していきます。植物の多くは枯れるし、動物たちは冬眠したりして、それぞれの活動は夏とは全く違った形になりますが、冬は冬で、生命の力強さを感じます。
 冬の、この見えないけど確かにそこにある命たちを感じるのが好きです。「ひとつぶ農園」という名前の中に、「冬」のイメージもあります。一粒の種は、命の始まりの姿とも言えるし、終わりの姿とも言えます。自分の中で、どちらかというと「始まり」のイメージが強かった「種」というものの、「終わり」の方のイメージを、含ませておきたかった。うまく言えませんがそんな思いがありました。種から芽が出て、育ち、花を咲かせ、種をつけ、枯れる。また種から芽が出る…。よくよく見ていくならば、どこからも始まってはいないし、終わってもいません。
また、直接的に種をつないでいく、子孫を遺していくことだけを指して、命の流れを見ることはできません。種を残さないとしても、子どもを産まないとしても、命の大きな流れがそこで断たれるわけでもないし、その流れから外れるわけではありません。畑の命たちを見ていくなら、直接子孫を遺すかどうかは、そうたいした問題ではない気がしてきます。枯れた植物たち、死んだ動物たちは、そこで何らかの働きが終わったものですが、それはまた新たな始まりとも言えます。生きていたときにはできなかったことが、死んだときできるようになります。例えば植物の残さは他の植物の栄養となっていくし、動物の死骸もまた土に還り、他の命の糧となっていきます。個体、液体、気体、様々な形になって、また他の何かの一部になったりします。
当然人間もまた、そういう命の流れの中にいるし、他の命、命以外のものからできています。奇跡などと言う言葉では足りないくらいの奇跡が、ここにあると感じます。

今週の野菜セット
 寒さに当たり、主に葉ものたちが甘みと柔らかさを増しています。野菜の味がよくわかる、シンプルな食べ方がおススメです。お鍋も美味しい季節です。
 今年は(うちとしては)大根が立派に育っています。「秋づまり大根」という品種。交配種ではない、在来種、固定種と呼ばれる品種です。お尻の方がとんがらず、丸まった形になるのを「つまり」というようで、秋のつまり大根というそのままの名前です。煮物などに向く大根です。秋は春に比べて大根、カブなど作りやすく、この時期のものは全て固定種のものを育てています。うちの農園は他の品目もF1ではない、固定種のものを多く育てていますが、自分で種採りをするのは技術的にも手間的にも難しい部分が大きくて、自家採種はトマトやカボチャなど、やりやすいものだけやっています。他のものに関しては、昔ながらの固定種を扱っている小さい種屋さんから主に買っています。種を選ぶのは有機農家の楽しみの一つだと思いますが、僕らは特に固定種の種を選んでいる時にわくわくします。
 大霜がきて、畑の草もだいぶ枯れ、夏野菜たちは全て枯れましたが、秋野菜たちはまだまだいける!という感じです。昼間は暖かいので一週間も経てばだいぶ大きくもなります。野菜たちは全力で、ひたむきに今日も生きています。

お酒造り始まっています。
 そういえば先週、先々週とほとんど書いていなかったのですが、酒蔵(黒澤酒造)の冬期勤務が始まっています。先月の19日から毎日行っています。出荷の為に水、木曜日の半日休ませてもらい、当面やっていく予定です。野菜セットもまだまだ続きますのでよろしくお願いします。冬期の人員が僕以外の2人が替わりましたが他の通年雇用の方たちは替わらず、ある程度馴染んだメンバーとまたお酒づくりが始まりました。僕は「釜場」と言われる、主にお米を洗ったり蒸したりするところを任されています。日本酒はお米のお酒。原材料のほとんどはお米と水です。僕の勤めている酒蔵は、中規模といったところかと思いますが、多い時は一日2トンものお米を機械で洗ったり、蒸したりします。とにかくすごい量のお米を扱います。どうか日本酒や、他のどんなお酒を飲むときも、大切にお飲みください。アルコールや肉を生産する為に使われる穀物は膨大で、先進国の人間がアルコールや肉の消費を半分にすれば、世界から飢餓が無くなる、と言う話もあります。
 あまり意識しないことも多いかと思いますが、どんなお酒も何らかの農産物からできています。お米の浸漬や蒸し具合、麹の出来具合、もろみの管理、色々な工程とそれぞれの技術があって、お酒はできていきますが、何よりの基本はやっぱり原材料だと思います。日本酒ならば、お米。そこで、多くの部分が決まると思います。ちなみに黒澤酒造は全量長野県産米で、契約栽培でもかなりやっています。このあたりは標高も高いし一枚一枚の田んぼが小さいので、お米を大量に作るには向きませんが、会社の近くでの自社栽培も年々拡大しているようです。

かさじぞう

 ところで「かさじぞう」の話、大好きです。この前葉菜ちゃんたちが図書館で紙芝居を借りてきましたが、やっぱりいい話だなと思います。とりわけ大好きなシーンが、おじいさんが売りに行った布(糸っていう本もある)が売れず、交換したかさは全てお地蔵さんに被せて帰ってきたあとの、おばあさんが全く残念がりもせず「いいことをなさった」というところ。かさじぞうは、おじいさんの布とかさを交換するかさ売りの人とかも含めて全体を通じて優しい感じがするのだけど、このおばあさんの暖かさがたまりません。で、このあと二人は食べるお米もなく、漬物ぐらいしか食べるものがないという状況で、それでも2人ですごく幸せそうにそれを食べて、眠りにつきます。このあたりが大好き。だからこの2人はたとえお地蔵さんたちが何も持ってこなくとも幸せだったし、いい正月を迎えたのだと思います。このあたりの暖かさは他の昔話でなかなか感じたことのないものです。かさじぞう、素敵です。
 この話なら安心して読める、この作家さんの話なら安心して読める、というのがあります。そういうお話に出会えることが嬉しいです。そういう話を、子ども達と読みたいです。            健
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ひとつぶ便り 227号

今日もお越しいただきありがとうございます。今日は3つまとめてアップしようと思います。これが2つめ。

ひとつぶ便り 227号(2015年10月30日便)

 いつもありがとうございます。26日の月曜日に「大霜」と呼ばれるような、強い霜がきました。今シーズン初。真冬になれば毎日これより遥かに寒く、大地は凍り付くので、このあたりですごい霜、なんて珍しいものでもなんでもありませんが、この時期の初めての大霜はナスやピーマンなど、かろうじてまだ生きていた夏野菜たちの木を枯らし、葉物野菜たちを柔らかく甘くするなど、大きな出来事です。今年はここへきて晴天が続き、気温も高く割とポカポカした日が続いていました。霜自体は遅くなかったと思いますが、大霜はやや遅かった印象です。春菊などは比較的霜に弱いため、不織布を一枚かけていますが他の葉物は何度も霜に当たっても大丈夫。葉物は霜に当たると甘くなることが良く知られていますが、これは自分の体内の糖度を上げることで凍るのを防ぐため、というのを聞いたことがあります。
 というわけでとりあえず一発、すごい霜が降りましたがその後は2日ばかり、少し暖かい感じです。が、明日(29日)あたりからまた下がるという話。冬の到来、といったところでしょうか。去年もそんなことを書きましたが、この地域は春が遅く、夏がとても短く、秋もそれほど長くなく、冬がとても長い場所だと思います。イメージは春夏秋冬冬冬冬みたいな(笑)。四季って言いますが、全国各地、その長さも色合いも、色々と異なりますよね。それぞれの場所にそれぞれの魅力も過ごしにくさもあるものと思います。一年中過ごしやすい!というところは結構稀かと思います。僕らの住むこの地域は地震や台風には比較的強い場所で、晴天率が高く、湿度が低く、冬はとんでもなく寒い!というのが特徴です。

今週の野菜セット
 霜に当たってさらに甘く、柔らかくなった葉物野菜たちをお楽しみください。少し成長の遅かった大根たちもだいぶ大きくなってくれて、味ものってきました。カブは毎年驚くほど美味しいですが、今年も例外なく美味しいです。また、今週はカリフラワーも入ります!カリフラワーにそれほど興味のない方も多いかもしれませんが、うちのは美味しいですよ(笑)。今では欲しいと言ってくれる人も増えて、うちの看板商品とも言えるかも。夏のものも美味しいですが、この時期も絶品です。お楽しみください。

 この野菜セットの野菜は誰が育てたか、はっきりとわかるものですが、そういう、誰が育てたか、誰が作ったかというようなことがわかるものの方が、遥かに少ない世の中だと思います。これはあまり、良くないことだと思います。僕らは基本的に自分たちで育てたお米や野菜を食べているから、そこの部分は分かるところが大きいですが、それでも油とか調味料などの中には誰がどのように関わってここにあるものか、わからないものも色々あります。有機とかではあるけど。生活の中においては、例えば服とか、今目の前にあるパソコンとか、これはもうどこでどのような人が、どのようなことをしてできているのか僕には全くわかりません。ここへ来るまで関わった人の、一人も知らないものがほとんど。今服を着られること、パソコンがあって事務作業ができること、それはとてもありがたいことで、そのことには感謝できるけど、そこに関わった人や物に感謝したくても、誰に、何に感謝していいかわかりません。それでも、深く見ていけば見えてくるものもあるし、想像してみることは大切だと思います。
どんなものであれ、人を含む全ての自然から生まれています。今目の前にある全てのもの、自分のこの身体や心を含めて、その例外はありません。僕らはたいてい、自分が他から独立した存在だと思っていますが、ちゃんと見ていけばそうではないことがわかります。太陽が無くても、空気が無くても、水が無くても、僕らはすぐに生きてはいられなくなります。逆に僕らは太陽からできているとも言えるし、空気からできているとも言えるし、水からできているとも言えます。僕らがどう思おうと、僕らは誰も一人では生きていません。
僕の両親は2人、祖父母は4人、曽祖父母は8人、そのさらに前の世代は16人、とたどっていけば、ものすごく膨大な人たちの先に僕らがいます。そうやって想像するほとんどの人が亡くなっていますが、その人たちの延長に僕がいます。受け継がれてきたのは遺伝子だけではありません。その苦しみも喜びも、習慣など何らかの形で受け継がれてきています。また、例えば僕は仏教のマインドフルネス(気づき)の実践をしているけど、それは2600年前くらいのブッダから受け継がれてきたもので、僕はそういう続きにもいるということ。そして自分が何かを渡そうと思う思わないに関わらず、それは自分の子どもの世代などに続いていきます。もちろん、人から人、という流れだけでなく、自然のあらゆるものの流れの中に僕ら一人一人がいます。
自分は一人ではない、というのはただの事実だけど、その事実を知るのはとても楽しいことだと思います。誰が何をどのようにして、それがここにあるものか知ることができたらなら、それはもっと感じやすいことなのかなと思います。僕らが送る野菜の中に僕ら家族の姿が見えるでしょうか。土の中、土の上にいる様々の生き物たちの営みが見えるでしょうか。野菜たちを育む太陽、土、雨、ありとあらゆる自然のはたらきが見えるでしょうか。一つの野菜に、それ以外の全てが関わっています。
 
 また、そうやって深く見ていった時に、何かや自分を苦しめている事実に突き当たることもあります。僕もどこかで出されたらありがたくいただきますが、例えばスーパーやコンビニで売っているケーキを食べたとします。材料の卵や牛乳、小麦、それらはやはり自然からの恵みに違いありませんが、そこにはほとんど身動きのとれない場所で卵を生まされ、お乳を搾られるだけの、もはや生き物としての飼い方をされない鶏たちや牛たちの姿が見えます。そんな環境で生きていれば当然健康を害すので、抗生物質漬けです。小麦は、収穫前も収穫後もたっぷり農薬をかけ、虫たちを皆殺しにして育てたものでしょう。太陽や土や水も、そこにはあるし、それも当然そのケーキには含まれていますが、おびただしい苦しみもまた含まれていることが分かります。その他、得体の知れない化学的に合成されたものも色々入っています。僕らの育てた野菜やお米が、完全に平和的な方法で、世界の暴力や苦しみに加担せず作られたものかと言われれば、そんなことはありません。トラクターも使えば軽トラも使い、世界の誰かを苦しめながら、やっている部分も大きい。それでも、そのケーキのように世の中で売っているほとんどのものと比べて、その暴力や苦しみへの加担はかなり少ないものだと思うし、目指す方向はそこに加担しない道です。
 値段だけで何かを選べば、間違いなくその商品の来た先に搾取があります。そしてどこかで起こる搾取が、自分にも深く関わっています。誰かを苦しめて、自分が苦しまないなどということはありません。今いる権力者の多くのように、搾取することで幸せになれると思っている人は、間違っています。幸せになりたいのなら、全ての人の、物の、平和を目指す必要があります。平和こそが道です。     健

ひとつぶ便り 226号

今日もお越しいただきありがとうございます。更新滞らせてしまったー!
というわけで何週間か前のひとつぶ便りでーす。

ひとつぶ便り 226号(2015年10月23日便)
 いつもありがとうございます。今夜も静かな夜です。今は曇っているのでそれほど冷え込みも強くありません。穏やかな感じがする夜です。ここのところほとんど雨が降っていません。今年は4月に梅雨のような雨があったり、梅雨もよく降り、8月、9月あたりもすごく雨が多く、ここまで「雨が多い年」という印象でしたがここへきて秋晴れ続き。朝は霜が降りる日もありますが、まだ雑草たちをほとんど枯らすような強いやつはきていません。初霜は遅くなかったと思いますが、強い霜は少し例年より遅い気がします(印象なのであてにはなりません)。よく冷える日はストーブを焚きますが、そこまで冷えない日も多く、ここ一週間は焚かない日の方が多いです。

今週のお野菜
 葉物が今週もこれでもか!と入ります。うちでも家族4人で毎日たくさん食べています。ゆっこさんは未だに食べられるものが限られていますが現在は葉物が好きな感じなので、たくさん食べています。ちなみに葉物はさらに、強い霜に当たれば柔らかくなって甘みが増してくるので、まだこれから美味しくなる余地もあります!
 なかなか大きくならなかった大根もだいぶ大きくなってきています!だいぶ寒くなはなったものの、植わっている野菜たちは毎日、毎秒、しっかり成長しています。

脱穀!
 10月5,6日で稲刈りをして、稲架棒に天日干ししていたお米を18日、脱穀しました!昨年が良かっただけに、それと比べるとたいした収量ではありませんが、よく実ってくれました。うちで一年間食べる分と、皆さんにお届けするお餅の分、十分にありそうです。今年は苗の発芽がいまいちで、うちの苗だけでは足りなくて、友人とそのお父さんから苗と、うちで育てる苗とは機械が違う方式なので機械も借りて、なんとか田んぼを稲で埋めることができました。感謝。
 17日が雨、という予報が16日に出て、18日には無理かなーと思っていたのですが、車で3分下れば降っていた感じですがちょうどこのあたりだけ雨が降らず、18日に脱穀ができました。19日から酒蔵への勤務が始まりましたが、その前に脱穀を終わらせておきたかったという事情がありました。16日にも稲の乾燥状態としては脱穀できましたが、葉菜ちゃん(6歳)の通う幼稚園のお祭り前日だったので準備があってできず、なんとか18日にやりたいなと思っていたのでとてもラッキーでした。大体例年だと3週間くらいは干しておかないと乾かないものなのですが、上にも書いたとおりここへきて晴れ続きで、風もよく吹いているので今年はいつも通りに干すと、過乾燥になってしまうそうです。今年は、1週間くらいで乾くとか。年によって、色々と条件は違います。「農家は毎年一年生」という格言は農家の間ではたぶん有名。
 また、それは、他のどんなものでも同様ですが、お米一粒は、それ以外の全てから成り立っています。しっかり見つめれば、お米の中に太陽も見えるし、農家も見えるし、雨も土も、生き物たちもみんな見えます。時間という観点からも、どこまでも見えます。宇宙の誕生だって、米一粒の存在に関わっています。それは、人間も、動物も植物も、鉱物にも言えること。空間においても、時間においても、他から独立して存在しているものは一つもありません。人のそれぞれの体とか感情とか、感覚とか、そういうものもみな、他から独立してはいません。というのが言葉での理解ではなくはっきりと体験として捉えられる時がありますが、それはとても楽しい瞬間です。

ちいろばのえんがわ 2015
 17日は上の子、葉菜ちゃん(6歳)の通う「森のようちえん ちいろば」の秋祭り「ちいろばのえんがわ」がありました。今年は会場を園舎の周りではなく近くのもう少し広いところを借りて、やりました。雨予報が出ていて、どうなることかと思いましたが結局ほとんど降らず、風もなく、雲は多かったものの穏やかに暖かい、いい天気の日でした。基本的に年長さんの親が実行委員、というように幼稚園側で決められていて、葉菜ちゃんは今年年長なので、僕らも実行委員でした。が、ゆっこさんがつわりでダウンしていたり、それもあって僕もあまり協力できず、実行委員のもう一軒(今年の年長は2人だけ)の家(G家)にだいぶ色々負わせてしまって、申し訳ない感じでした。申し訳ない感じにさせないでもくれて、それもありがたかったです。そのもう一軒というのが、大切だと思うことを徹底する夫婦で(現在車を持たずに生活していたり)、僕ら夫婦はもともととても尊敬しています。今回のお祭りでもその姿勢は貫かれていて、今年のお祭りの雰囲気は、その姿勢が生んだものだと思います。お祭りの雰囲気がとても良かった。実働はそれぞれお父さん、お母さんたち。手づくりな感じのイベントです。
これはもともと宣伝や資金集めが目的で始まったイベントで、その部分は多くの保護者と幼稚園のスタッフの間で重視するところのよう。もともとの目的に「子どもが楽しむこと」というのが入っていなかったのですが、むしろそれこそ、それだけが大事なのでは、と思って僕がそれをねじ込んだ経緯もあります。僕がそれを強く感じさせられたのがその少し前に、G家の、通称「とうちゃん」(みんなにそう呼ばれるお父さん)が、幼稚園の遊び場の草刈りをしている時に、子どもがどうやったら楽しいか、だけを考えて作業している姿を見たときでした。あぁこれでいいんだな、と。
今回のイベントは、幼稚園で出したカレーがだいぶ売れ残ってしまったし、収入的にも宣伝効果としても、たいしたことは無かったと思いますが、子どもは楽しんでいたかというと、かなり楽しんでいたのではないかと思います。僕ら2家族の思う成功はそこにしかないので、今回のイベントは間違いなく成功です。少なくとも前々回までのように、忙しい大人にかまってもらえない子ども達が泣いているイベントではありませんでした。そうならないように、余裕のあるシフトとか、人員配置とか、準備に気が使われていました。出店してくれていたあるパン屋さんが、「子どものためのイベント、という感じがした」と言ってくれたのがとても嬉しいです。いい一日でした。

 うちも葉菜ちゃん、花野(かや)ちゃん‘(3歳)、共に楽しんでいました。葉菜ちゃんは相撲大会でものすごく強い男の子に敗れ、その後何度か他の子に勝ったけどまた違う子に敗れ、大泣きする、ということもありましたが、花とか木のツルとか木の実とかで着飾る企画「アースファッション」はもうそういう着飾ったりみんなに見てもらうことが大好きな彼女の為の企画としか言いようがないもので(笑)、誰よりも嬉々としてやっていました。花野ちゃんもお祭りの間、割とずっと楽しそうにしていました。幼稚園の子も、外から来た子も、楽しめたのではないかと思います。何より事故なく終わった良かったです。健

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