ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 246号(カンタ!ティモール見ました)

お越しいただきありがとうございます。
今回のお便りは、映画「カンタ!ティモール」を見たあとで、書きたいこと色々あって、いつもはA4の紙に2枚書くところを今回は3枚に増量して書いていますが、それでも全然、書きたいことの半分も書けていない感じです。まぁ書けたとして、伝わるかどうかはまた僕の文章力とかもあって別の話ですが。

まぁとにかく見て欲しい映画です。機会があったら是非どこかでご覧ください。
僕らも佐久穂町で上映会やろうと思って企画中です。詳細はまた流しますが9月4日(日)に佐久穂町にある「茂来館」というところでやります。ぜひぜひ足をお運びください。

監督のインタビュー記事があって、それがとてもいいので載せておきます。僕の文章読むのが面倒な人はこっちだけ読んでくれたらいいと思います。こちらからどうぞ。

では先週のお便りです。

ひとつぶ便り 246号(2016年7月22日便)
 いつもありがとうございます。九州から東海にかけては梅雨明けですか。関東甲信はまだ梅雨明けの発表は無いようですが、ここのところ全く梅雨っぽくない空気です。暑いし、雨降らないし、乾いた空気です。空気が重くないと動きやすいです。
 ちょっと暑すぎるのか調子の悪いものもありますが、夏野菜が色々と採れてきています。畑の見え方がこの数年でだいぶ変わってきた気がして、それまでできなかった草との付き合い方ができていたりします。いずれも周りから見ているとただ草だらけだから全然わからないだろうけど(笑)、個人的には色々違っています。このへんは、農家ではない人や一般的な化学的農業をしている人はもちろん、有機農家であってもそれぞれ全然やり方が違うから、わからないところです。「ほら!」って言ってもほぼ誰にも通用しない自慢ですが、夫婦間では通用します。

誕生日
 18日は僕の誕生日。今年で32歳になりました。たぶん(笑)。先輩農家が「最近自分の年がわからない」とか言っているのをだいぶ前に聞いたときは「そんなもんか。」と思ってましたがそんなもんですね。本当に何もかもわからない農業の世界に足を踏み入れた当時が22歳の時なので、そこから数えると今年が10年目。佐久穂町に来てから9年目、夫婦でひとつぶ農園を始めてから8年目、という感じです。色々あったし、今も色々ありますが、すごく楽しい。誰のおかげって、僕以外の全ての人やものたちのおかげでしかありません。ありがとう!!一息一息を大切に、一歩一歩を大切に、丁寧に今を生きます。

カンタ!ティモール
 今年の18日は祝日(海の日)でしたが、この日は佐久で『カンタ!ティモール』というドキュメンタリー映画の上映会があって、家族5人で行ってきました。お母さんたちが企画したイベントなので、子ども連れに優しい会でした。託児が手厚く、上映会場には親子スペースが設けられていました。大人が40人入っていっぱいになる視聴覚室での上映会でした。
これはもう本当に良い映画だと思います。何度でも見たい。ゆっこさんは既に一度、数年前に見ていて、彼女はめったに何かを誰かに勧めたりすることはしませんが、この映画に関してはすごくおススメだと言っていて、内容も聞いて、僕も見たいなと思っていた映画でした。今回は友達が実行委員として関わっていて、紹介してくれたのですぐ飛びつきました。これから映画の内容も多少書きますが、特にネタバレしていたからといって見ることに何も問題はないと思うので、これから映画を見ようと思っている人が読んでも大丈夫かなと思います。機会があったら是非見てみてください。

 「ねぇ仲間たち ねぇ大人たち 僕らのあやまちを 大地は知っているよ」という歌詞で始まる、南海に浮かぶ島ティモールで監督たちが出会ったある青年の歌。歌の意味もよく分からず、彼の名前も聞かず、帰国した後も、その歌は耳から離れなかった監督たちは青年を探すため、数年後島へ戻り、そこから一つの旅が始まります。
 日本はこの島の悲劇に、ものすごく深く関わっているのに、僕は全く知りませんでした。それは僕がこれまで知ろうとしてこなかったからだし、日本にとって都合の悪いことだから、国に隠されてきたからでもあるのでしょう。(よくわかっていないのでたぶん色々間違っているので詳しく知りたければお調べください。ごめんなさい。)このティモール島は、長い歴史の中、色々な国に占領され、支配されてきました。地元住民には独立への願いは常にあったのでしょうが、その動きが現実的に加速してきたしてきたのが1974年。これは、その時占領していたポルトガル国内で革命が起き、植民地維持を主張する保守派が倒れたため。しかし、東ティモールの近くに新たな油田が発見されたことなどもあり、隣のインドネシアが領有権を主張。東ティモールの即時独立の要求を認めず、武力による介入、占領に乗り出します。この時、国連はインドネシアの即時撤退を求める決議を可決。しかし実際は、石油利権や、反共産主義の立場をとるインドネシアとの関係を重視し、アメリカ、その言い成り日本、オーストラリアその他の国々もこの占領を黙認。それでも独立を願う東ティモールは諦めないわけですが、インドネシア軍による日常的な殺人、レイプ・・・、そういうことが映画の中に登場する東ティモールの人たちから語られます。で、この惨状を金銭的に最もサポートしていたのが日本です。他の国々がインドネシアへの経済制裁を強めると、その分のお金を日本はインドネシアへの支援に増額。アメリカの言い成りということは明らかですが、ほとんどの日本国民の無関心は、それよりもずっと大きな力のはずです。
 よく、「日本は過去70年、戦争をしてこなかった」という人がいますが、これを見ても言えるでしょうか。僕らの払った税金が、僕らが買った何かのお金が、今もどこかで人を殺しています。東ティモールは現在は独立したけど、同じように、苦しんでいる場所が現在も世界中にあります。日本は常に苦しめることに積極的に加担しています。石油のため、市場のために、理不尽に命を奪われ続ける人たちがいます。そういう人たちがいなくならない仕組みの中で僕たちは生きています。選挙において、日々の生活において、それを変えていく力を持っているのに、気づいてすらいません。

 インドネシア占領下において、実に東ティモールの3人に1人が命を落としたと言われます。誰もが兄弟姉妹、友人、大切な人たちを何人も目の前で殺されています。ある程度大きな子どもや女性たちは日常的にレイプされた経験を持ち、後遺症もある。インドネシアは東ティモールの人口をコントロールするため、危険な避妊薬を飲ませ、そしてそういう行為に及ばせていたそうです。もう一度言いますがこの時のインドネシアの最大の支援者は日本です。日本がいたから彼らはこういう行動をし続けられました。
 この映画が映すのはしかし、インドネシアの人たちにも、日本にも、悲しいけど「怒りはないよ」と語る東ティモールの人々の言葉。これ、一人か二人の個人的な意見ではないのです。これだけのことをされ、それを深く知っているにも関わらず、東日本大震災のとき東ティモールは、国家予算の3分の1を日本に寄付したそうです。すごい。どうしてこんなことができるのか、どうしてこんな心が持てるのか。本当に驚きます。インドネシア占領下でのゲリラ戦の最中、東ティモールのゲリラ兵たちは、とらえた捕虜(前線にいるのは常に若者)に、その戦争のおかしさ、自分たちの望み、そういうものを言って聞かせ無傷で帰す、ということをしていたそうです。東ティモールの人々は、過酷な状況の中、ささやくように歌を歌い、時にテベ(「脱穀」の、踊りのようなもの、だけどダンスではなく、テベだ、と語られる)を踏み、独立を諦めず、闘った。冒頭に出てくる若者(アレックス)の歌は、彼がゲリラ兵として生きている時に、その戦場で歌われていた歌。
 映画には何人も何人も、美しいとしか言いようのない笑顔をたたえた人たちが出てきます。そして語られる言葉はどれも心に刻んでおきたいと思うもの。彼らに共通しているのは、大地への強く深い信頼。人を憎まないこと、許すこと、非暴力、慈悲、そういう精神には「崇高」という言葉がしばしば使われたりしますが、これは間違いだと思います。それは、「高い」ところにあるものではないのです。大地の上に大地の中に、要するにすごく「低い」ところにあるように思う。自分が常に「低い」場所にいられるのなら、地に足をつけていられるのなら、物事をきちんと見極められる気がします。
この映画は自主上映というかたちでしか現在見ることは出来ないのですが、もしできるなら絶対手元に置いておきたい。本当に、心が熱くなる。勇気が湧いてくる。涙が流れずにはいられない。映画を見ながら、「この気持ちを、情熱を、ずっと持続したい」って何度も思いました。それは普段の生活の中で、どうしても薄れてしまうものだから。

日本は今も、どこかの国をこの東ティモールの惨状と同様に、苦しめているわけですが、国内でもどんどんやっています。この国の基本方針は一言で言えば、少数派はどうでもいい、ということ。そういう考えにのっとって、教育が為され、そういう社会が成り立っています。どこかに負担を押し付け、自分たちは幸せに暮らしている。と、思い込んでいる。そういう人が、すごく多い気がします。
沖縄は今回の参議院の選挙においても、知事選においても、民意をはっきり示しているのに、というかむしろはっきり示しているから、政府から常にものすごく悪質な差別を受け、弾圧されています。現在は高江という場所にヘリパッド(ヘリの離着陸場)を、強行的に建設しようといて、住民が座り込みなどをして抵抗しています。その人たちの排除のため、全国から機動隊が投入されているそうです。参院選翌日に、資材搬入。だまし討ちのようなことをする政府のやり方は、自分たちが間違っている、と言っているのと同じです。僕らの税金が、沖縄をいじめるために使われています。でもどれだけそういうことがあっても、大手マスコミはほとんど報道しません。報道しても、「また沖縄の市民がうるさいことを言っています」という論調です。沖縄の人たちは武器を持っていないから(もちろん絶対持つべきではありません)、武力により殺されることはないでしょうが、やっていることは人権を無視すること、差別すること、暴力的に抑えつけることで、構造的には完全に東ティモールとインドネシアの間で起こったことと同じ。
そして日本はご存知の通り、毎年3万人が自殺している国ですが、これもまた少数派は死んでもいい、という誤った考えの結果です。1億何千万人かいる中の3万人は、少数で、たいしたことのない数字なのでしょうね。その3万人はどの人も誰かの子だし、誰かの親だったか、誰かの友達です。そうやって命を落とす人が10年で、30万人でしょう?こうやって、一人一人を大切にしない社会は、誰も幸せにしません。権力者たちもまた、こんな方法で幸せになんてなれないのです。こんな国なのに、「日本はいい国だ」と思っている人、多い気がします。制限された子どもの権利も、大人たちの劣悪な労働条件も、世界的にひどいレベルなのに。知ってください。日本を取り巻く状況は、非常に悪いです。一人一人の中にある平和を、愛を、理解を、日々の中で育て、行動していく必要があります。大切に今を、生きましょう。 健

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ひとつぶ便り 245号

お越しいただきありがとうございます。
なんか、一度上げたんですが何か失敗していたようなので修正。先週のひとつぶ便りです。

ひとつぶ便り 245号
 いつもありがとうございます。暑いですね毎日。それでも僕らの住んでいるあたりは標高が高いので夜は結構涼しくなります。油断すると肌寒い。そして東京とかと比べるとかなり湿気が少ないので、昼間の暑さの質も全然違います。僕は練馬の出身で、その暑さを小さい頃から味わい続けてきたので、この暑さの違いはよくわかります。温度はそれほど東京と差が無いくらい上がりますが、湿度は全く違うので、汗のかき方も消耗の仕方も全然違います。八千穂高原は避暑地でもあり、別荘もたくさんあります。冬はなんとも寒すぎる場所ですが、夏は過ごしやすいところです。ありがたい。
 雨も程よく降り、高温なので草の伸びがものすごいです。あっという間に畑がジャングルのようになったりします。やることは色々あって、全然追いつかない!という状況ですがまぁ毎日畑で生きています。ゆっこさんは、はるちゃん(5か月)がいるので去年に引き続き、ほとんど畑には出ていませんが、去年畑に出られない原因だったつわりと違って今年は元気なので状況も、こちらの気分も全然違います。はるちゃんは、産まれるまでずっと、それなりにきついつわりをもたらしていました。産まれるまでお米食べられなかったりで。と、いうのはつい5か月前とかそういう話なのですがもう遠い昔のことのように感じます。よく覚えていない(笑)。はるちゃんのいる生活が、まだ5か月しか経っていないなんて信じられません。それは長女、葉菜ちゃんと7年の付き合いしかない、というのでも、次女、花野ちゃんと4年の付き合いしかないということでも思います。ずっと前から、一緒に暮らしてきた気がする。すごく、当たり前のように3人の子どもと暮らしていますが、すごく、ありがたいことなんですよね。子どもを欲しくても授かれない人もたくさんいるし、授かっても流産ということなどもあります。うちは、はるちゃんの前に、初期流産というので一人、流れています。それから知ったことですが、友人も体験していたりして、これはよくあることのようです。気が付かないケースも多いとか。あとこれ、例えば母親の生活習慣が原因とかでは全くない、ということだそうで、他人は元より、お母さんたちは絶対自分を責めてはいけません。ともあれ3人目がお腹の中に来たことがわかって夫婦も子どもたちも嬉しくて、でも大きくなることなく流れてしまって、すごくショックでした。特にゆっこさんはその後、体調も気分もだいぶ落ち込んでいました。その数か月後、はるちゃんがゆっこさんのお腹の中にきたわけですが、はるちゃんとこの流れた子は、分かれているような気がしません。あの子がいて、はるちゃんがいる。ありがとう。

選挙
 7月10日は参議院の選挙でしたね。改憲発議に必要な、2/3の議席を突破されてしまいました。なかなか厳しい結果でしたが、沖縄と福島で現職大臣を落とすなど、断片的に希望も見える選挙でありました。東北は5県で野党が勝ちました。そして僕らの住む長野県は、民進の杉尾さんと自民の若林さんの一騎打ちで、接戦でした。結果は野党統一候補(いつもは共産からも唐沢さんという候補が出ます)の杉尾さんが勝ちました。接戦だったこともあり、一騎打ちで誰に入れればいいのか特に野党側がわかりやすかったこともあり、投票率は全国トップだそうです。でも62%程度。これで全国トップというのだから、本当にひどい状況だなと思います。
 安倍首相と自民党は今回の選挙期間中、言葉としてはほとんど「改憲」ということを言いませんでしたが、終わった途端に「改憲」と言いまくっているようです。自民党は以前の選挙でも「TPP断固反対 ブレない」といっていて選挙終われば思いっきり推進するような団体です。今回の参院選翌日、沖縄でしたことを皆さん知っていますか?それを問題とも思わないのでしょう。常にやり方は姑息だし言動も行動も全く誠実さを欠くもので、到底気持ちのいいものではないですが、あれほど簡単に嘘をつく人たちを今回も信じていたとすれば、それは政治家の側ではなく市民側の問題も大きいです。誠実な言葉を語り、誠実に行動している政治家(例えば山本太郎さん)だってきっと何人もいるし、そういう候補が今回だっていたはずです。それでも市民に圧倒的に推されたのは自民党率いる、改憲派です。残念。本当に残念な国日本。それでもまぁ、改憲発議に必要な「2/3」はギリギリのところだし、国民投票はその先だし、憲法をひどいものにされない為に、できることはたくさんあります。まずは、テレビと新聞を疑う、というところは徹底しましょう。大手メディアは政権の圧力に完全に屈しています。今回もまた、投票率を上げさせず、自民党を勝たせたのも、そういうメディアの力が大きいと思います。(うちはテレビありませんが)テレビは特に、流しておくだけでかなり害のあるものだと思います。差別と暴力と嘘にまみれています。それがあまりに当たり前だから、それに気がついていない人がほとんどなのかもしれませんが。
 日本国憲法は、僕ら国民が政治家や官僚の人たちに守らせるもの。自民党の改憲草案は国が国民に守らせるもの、に逆転しているそうです。今だって、例えば会社のため、学校のためといって、個人の権利、個人の命すら大切にしない社会ですが、憲法が変わればそれが合法になり、より強い圧力を持って僕らを縛りつけるということ。今感じている生きづらさを、より強くはっきりと、押し付けられるということ。そして国が「緊急事態だ」と言えば、子どもたちは当たり前のように戦争に行かされるということ。
 「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と憲法前文に謳われていますが、結局これを実行する手段を、僕たちは教えられてはきていないし、自分で考える能力も養う教育などこの国には今ありません。それどころか、「永遠に除去」されるべきである「専制と隷従」、「圧迫と偏狭」は、むしろ現在の日本のキャッチコピーのようであり、それを教えているとすら言えます。それを「おかしい」と言うことすらできない社会。おかしいです。
 戦争をして、戦争は愚かな行為だと知ったからそれを放棄しようと決めた。一人一人の人権をないがしろにすることが生み出す苦しみを知っていたから、それを無くそうとした。そういう憲法を、僕らは今捨てようとしているのです。日本国憲法ができる前、女性は選挙だって参加できなかったんですよね?そういう時代に戻りたい人たちが、今の政権を握っています。
 憲法に言われるまでもなく、平和こそが道だと思います。アメリカの言い成りになって、アメリカの戦争の金銭においても武力においても協力することは、僕らに何の得もありません。このまま行けば、世界中で日本人は先日のようなテロの標的になるだろうし、そういうことは日本国内でも起こり得ます。
 平和をどうすればつくれるのか、僕らはあまりに知らなすぎだと思います。それは、そう仕向けられてきたからかもしれません。世界の、社会の、職場や学校の、家庭の、個人の、それぞれの平和を、いかに実現していくのか。一人一人が、他人事でなく、遠くの話でなく、憲法、戦争、平和、人権、そういうことを身近に引き寄せて考える必要があると思います。普段考えることがないとしても、誰もが知っているはずです。平和とは何かを。そして今、社会が向かおうとしているのが平和の方向ではないことを。健

ひとつぶ便り 244号

こんばんは。お越しいただきありがとうございます。
明日、選挙です。長野県区は「杉尾ひでや」さんが野党の統一候補です。改憲を阻止したい人は、杉尾さんへ入れましょう。比例区は改憲4党(自民、公明、おおさか維新、こころ)以外のところに。改憲の発議に必要な「3分の2」のライン、かなり際どいところみたいなので、本当にそれぞれの一票、重いです。今から、自民党に入れようと心を決めている人を動かすことは難しくとも、選挙に行くか行かないか迷ってるような人に、行こう!って言ってその気にさせることはそれよりはだいぶ簡単だと思います。近くにそういう人がいれば、チャンスです。

では今週のひとつぶ便りです。あ、野菜のこといっさい書いてない!(笑)
(お客さんには連れ合いの手書きの通信もついているのでまぁ大丈夫です)

ひとつぶ便り 244号(2016年7月8日便)

 いつもありがとうございます。7月入る直前から、すごく暑くなりましたね。すっかり夏の空気です。水分補給を忘れずに、体大切にしていきましょう。
 さて、もうすぐ選挙です。全く勉強していないのでよくわかっていませんでしたが参議院の通常選挙は、242人の半分ずつを、3年ごとに選んでいくものなのですね。それもあるし、参議院だし、今回の選挙で野党がそこそこ勝っても、政権与党にたいした影響はないのかもしれません。逆に、与党が勝ってしまうと、憲法が変わってしまう危険がすごく高まる、というのが今回の選挙。危ないです。自分たちの子どもを戦地に送るか送らないか、そういう選挙なのだと思います。
あまり選挙に興味が深くなさそうな友達、行こうとしていない知り合い、そういう人たちが一人でも多く、選挙に行ってくれることを願っています。なかなか、実際にそういうところに働きかけるのって難しいなと感じます。例えば原発や放射能汚染のドキュメンタリー映画の自主上映会とか、TPPに関する誰かの講演会とか、色々な本とか、関心のない人たちこそ見たら変化があると思うのだけど、そもそも関心がないからそういうところへ行かず、そういうものに触れない、というのがあります。そこが難しいところだなと思います。自民党に投票する人より、選挙に行かない人の方が圧倒的に多い。2014年の衆議院議員総選挙の投票率は52%くらい(数は約5000万人)。2人に1人が、選挙に行かない。自らの置かれている状況が苦しすぎて行けないとか、そもそも選挙があったことすら知らないような人もいるのかと思いますが、自分が投票することは意味がない、そもそも興味が無い、と思って行かない人が多いのだと思います。自分が投票することが意味がない、ということがものすごく大きな意味を持っていることを、自覚して欲しいなと思います。そこにある無関心や諦めが、子どもたちを戦争に送ることになるとしたら、その人たちだって、苦しむと思います。まぁ、この国の未来とか、子どもたちの未来とか、そんなこと考えられなくても、自分の今を全力で考えればいいと思います。どうか自分の今を、諦めないでください。より良く生きるための助けが、政治にはできるはず。現政権の向かっている方向は、それとは真逆です。国民の生活など、全く考えてなどくれていません。憲法を変えることも含め、全てアメリカの言い成りです。たぶんここは簡単に言ってしまえる話。アメリカの生産したものを買い、アメリカの戦争にお金と戦力を出す、ただただそんな国にしたいのです。「(アメリカに押し付けられたものではなく)自主憲法制定」とか安倍さんたちは言いますが、全くの詭弁です。憲法9条が、アメリカの戦争に加担することの邪魔になるから、変えたい、ということです。ただアメリカの言い成りの国に、したいですか?既にそうなのかもしれないけど、今以上になる。遺伝子組み換え食品を食べさせられ、戦争に行かされる。僕は嫌です。そんな社会は、日本の人たちを不幸にするだけでなく、アメリカの人たちだって不幸にします。
誰かが苦しんで、自分たちが苦しまない、なんてことは決して無いと思います。僕らは今、世界の誰かから搾取した何かで生活し、世界中の誰かを苦しめていますが、日本に住む人たちもまた、苦しんでいます。アメリカの人たちだって、苦しんでいます。この苦しみを、減らす方法は確かにあるはずです。誰かを苦しめることを減らす選択を、僕らは今できます。選挙でも、日々の生活の中でも。

平和
この国は平和だとか、日本人は平和ボケしているだとか、よく聞きますが、この国は平和ではないし、平和ではない国で平和ボケ、というのはおかしな話です。むしろ日本人の平和ボケは、今が非常事態だということに気づかず、平和だと思い込んでいるって感じを指す方が適当かもしれません。日本人もまた、自ら命を絶つ人がたくさんいます。人を大切にしない仕組みのもと、命を落とす人もたくさんいます。
直接、戦争をしていないということだけを指して平和と呼ぶのは間違いだと思います。既に解釈による改憲によって、日本は戦争のできる国になっているので、直接戦争しない国ですらなくなっているわけですが、その前からずっと、日本は世界の戦争に深く関係してきたし、多くの人々を間接的かつ深い関係性をもって死に追いやってもきました。今、この瞬間も、僕らのせいで誰かが飢えて、苦しんで、死んでいっている事実があります。豊かな土と水を持つ国なのに、世界の食糧や水を奪い取り、さらにはそれを日々大量に捨てながら、僕ら日本人は生きています。先進国中最低の食料自給率のこの国が、世界の飢餓に加担していないはずがありません。例えばお酒の製造や肉になる動物たちを育てるのにも大量の穀物を使います。先進国の人々がアルコールや肉の摂取を減らすなら、世界の食糧は、足りるそうです。あと、お金さえあれば救われる命だってあります。アフリカ最大のスラム、キベラスラムにある学校の給食費は一日10円。それは孤児たちにとって、多くの場合一日の唯一の食事だと思います。10円で、子ども一人が一日生き延びられる。持っているそのお金をどこに使うかで、誰を喜ばせるのか、悲しませるのか、決まります。何気なく使ったそのお金が、結局自分たちを苦しめることになっている場合も多いのです。一人一人の意識が少し変わるだけで、救われる命がたくさんあるし、僕ら自身の生きづらさもだいぶマシになるかもしれません。できていないことが多いけど、丁寧に今を生きたいです。もっと、もっと。
積極的に平和を目指す、というのは武力でテロリストと呼ばれる人たちをせん滅することではありません。そもそもそんなことできません。それをやっている時点で自分たちがテロリストなのだし、憎しみは新たな憎しみを生むだけだから、その道ではまた新たなテロリストがどんどん生まれていきます。積極的に平和を目指すこと、というのは例えば、食べ物のない国に食べ物を支援することとか、水のない国に井戸を掘ることとか、そういうことだと思います。農業、医療、教育、そういう分野でも、色々なことができるはず。憲法は、世界から恐怖と欠乏を無くす為に、日本人が行動することを謳っています。憲法が言おうが言うまいが、その道が平和への道です。それをはっきり示している憲法を持っている、ということ、とてつもなく有り難いことだと思います。今、日本人はそれをまさに捨てようとしています。戦争があってその結果、戦争は絶対にしてはいけないと思った人たちが、なんとしても今後戦争をしないようにと作ったものを、捨てようとしています。これは、決して捨ててはいけないものです。
 自分の生活と世界のつながり、それを意識させないでいることで投票率は減り、その結果政権与党は大喜びです。社会のことにも自分のことにも無関心でただ働く人間を育てるのが現在の学校です。自分の頭では考えられない人間をつくっていく教育。例えば自分の生活と政治を、結び付けて考えられる人間が多かったら、それは全くコントロールしにくいことでしょう。だますことがとても難しくなります。日々、僕らは何かを感じ、考え、何かを選び、生きています。それが、世界の全て、自然の全てと分かれていないことを感じることが大切です。誰かを苦しめて、自分が苦しまない、ということは無いのです。例えばアフリカの孤児たちの幸せと僕ら日本人の幸せもまた、深く関わっています。       健

ひとつぶ便り 243号

どうもー。お越しいただきありがとうございます。毎日暑いですねここのところ!
7月10日は参議院の選挙。行きましょう。期日前投票も簡単にできます。ちゃんと自分たちの道を選ばないと、ヤバいと思います。自分たちや自分の子どもたちを戦争に行かせる権利が誰にあると言うのでしょう。とにかくまず、野党統一候補と、野党に入れないと、とんでもないことになります。既にこの国、とんでもないことたくさんあるのに、それを何倍にも加速させる、っていう安倍さん率いる政権です。彼らは「日本」が大切で、国民は大切ではないと、はっきりそう思っています。言ってもいます。より良い政治のために、なんて言う段階ではなく、最悪にならないようにするために、選ばなくてはいけないです。

では、先週のひとつぶ便りです。

ひとつぶ便り 243号(2016年7月1日便)
 いつもありがとうございます。心と身体の調子はいかがでしょうか。
 もうすぐ選挙ですね。改憲したい人たちに議席をこれ以上渡してはいけないと思います。まずは選挙、行きましょう。行こうと思っていない友人などがいれば、誘って。時に、無力感を感じることがあるかもしれませんが、だからこそ決して僕らが無力ではないことを思い出すことが必要です。「自分たちは無力だ」と思った人たちの膨大な力によって、現在も多くの人が世界で死んでいっています。特に僕ら先進国の人間は、意識して生活していないと世界の飢餓や暴力、戦争、差別、そういうものにどんどん加担していることになります。それは現時点で、いくら避けようとしても避けようもない部分もあるけれど、その加担をかなりの部分、減らすことはできます。何を買うか、買わないか。選挙に行くか、行かないか。誰に、どの政党に投票するのか、僕たちは選ぶことができます。選ぶ権利を使わないのなら、僕らはただ、地球の裏側で、自分の国で、誰かを、自分を、苦しめるものに賛成していることになります。どうか、まず何よりも、今まで選挙に行かなかった人たちが、選挙に足を運んで欲しいと願っています。自分たちの日常と、世界がいかにつながっているか、もっと感じていけたらいいのだと思います。

 太陽が、熱とか光を放っていて、その光は7分くらいかけて地球までやってきます。その光が植物を育てます。野菜を含む植物は、その光のひとつの表れでもある。それを食べたり、太陽の光を浴びることで僕らもまた生きているのだから、僕らもまたその表れでもある。そうでしかないのだから、例えば「僕は太陽の光だ」、って言ってもオカルト発言とかそういうのではありません。ただの事実。僕は太陽であるし、水であるし、土であるし、風であるし、空気であるし、森でもある。少し見ていくだけで、自分は自分以外のものからできているのが、よくわかります。深く見ていけば、自分は自分以外の全てのものからできているのがわかります。それぞれが、関わり合って、そこにあります。自分が良いと思うことにも、悪いと思うことにも、関係ないものなどありません。例えば原発にも、戦争にも、どこかの国の子どもたちの貧困にも、必ず関わっています。例えば今使っている電気がどう作られ、どこから来たものか、着ている服は、食べたものは、使っている何かの道具は、住んでいる家は、何が関わり、誰が関わりここにあるのか、とことん見ていくことができます。こうやって見ていけば必ず、見たくないものを見ざるを得ませんが、それも含めてこうして自分と世界との関わり合いを見ていくことは楽しいことだと思います。それを感じられるのは何より嬉しいことだと思います。誰も一人では生きていません。
 日々、全ての瞬間、僕たちは何かを選択しています。その選択は常に、世界と関わっています。その選択が世界そのものとも言えます。一つ一つの瞬間をより意識し、選び取っていくことが大切だと思います。何を目指し、何を育てるのか、選ぶのは僕たち自身です。

今週のお野菜
 春の葉物たちはだいぶとうが立ってきて、固くもなってきたのでだいぶ出荷できるものが減ってきました。そして、葉物以外のものが色々と育ってきました!ズッキーニ!カリフラワー!大根!などなど、とても美味しいです。カリフラワーが苦手、と言っていた友人がこれを食べたら美味しくて、再び注文をくれるようなカリフラワーです。これはもう土の力としか言いようがない部分なので土ナイス!というところです。土ナイス!ブロッコリーがなんだか急に大きくなり、しかもこの時期のブロッコリーはすぐ花が咲いてしまうため畑で長持ちしません。なので今回たくさん送らせていただきますが、よろしくお願いします。味は今年も素晴らしいです。
 
花野ちゃん4歳!
うちの三姉妹の次女、花野(かや)ちゃんが、4歳になります。6月最後の日が誕生日なので、このお野菜便の出荷の日が誕生日(僕がこれを書いているのは29日)。
花野ちゃんは4年前、木曜日のお野菜セット発送が終わったその夜に陣痛がきて、深夜に助産所へ、そして助産所へ着いて1時間ちょっとで産まれました。長女、葉菜ちゃんのときはかなり時間がかかったので、今回もまぁそれなりにかかるだろうと思って、ゆっこさんが陣痛が来ている中、家で余裕でクッキーを焼いていたせいで、ギリギリになりました(笑)。途中で食べる用に焼いたクッキーでしたが、途中で食べる暇もなく、産まれました。葉菜ちゃんのお産のイメージが大きかったので、「まだまだこれから」と思っていたら、あ、産まれた、みたいな感じでした。っていうのは外野の言葉ですね。当時3歳だった葉菜ちゃんは産む部屋(和室)を駆け回り、ゆっこさんが飲むために置いてある水を飲みまくり、やたらハイテンションでふざけていました。すごく楽しそうだった。そしていちばんいいところで花野ちゃん誕生を見守っていました。今年2月の、はるちゃんの出産も本当に良かったですが、花野ちゃんの時もまた、すごくいいお産でした。お産の様子、三姉妹それぞれ三者三様で、どれも素敵なものでした。3度もこの瞬間に立ち会えたのは、本当にありがたいことです。ありがとう。
 あれから4年経ち、現在の花野ちゃんは、元気に毎日生きています。まず何より体が元気であること、何よりもありがたいことだと思います。通っていれば年少の年ではあるけど、幼稚園などにはまだ行かず家で見ています。はるちゃんが産まれてもうすぐ5か月になりますが、当然ゆっこさんは基本的にはるちゃんとくっついていることが多い。花野ちゃんもはるちゃんのことはとてもかわいいようで、よくかわいがってくれたり、時々おしめを替えたりもしてくれたりもしますが、やはりやきもちというか、ゆっこさんが今まで通り構ってくれない寂しさというか、あとは、はるちゃん誕生でおめでとう、葉菜ちゃんが小学校入学のお祝いでおめでとうと言われたり物をもらったりしている中、自分には何もないのかな、とか、そういうものが混ざった色々複雑な気持ちがあるようです。最近は基本的に花野ちゃんはゆっこさんにベタベタしています。僕もゆっこさんも2人目の子ですが、どちらも末っ子なので、下の子ができた気持ちは体験として知りません。知らないけど、想像すると、大変なことだろうなと思います。自分に弟か妹ができていたとすれば、全く自分は違う発達をしたろうし、その小さい時点で乗り越えなくてはいけないものが、大きかったんだろうなと思います。末っ子が末っ子じゃなくなるって、すごいことだと思います。花野ちゃんの持っている性質は、本当にこのまま大きくなって欲しい、と思うところばかりです。僕らや、周りの愛をたっぷり受けて、育って欲しい。伝えたいことは、産まれてきてくれて本当にありがとう。おめでとう。これからもよろしく。ということ!いつでも、伝えていいことですよね。健

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