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ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 284号

いつもありがとうございます。台風は特に問題なく通り過ぎてくれました。
先週のお便り、アップします。

ひとつぶ便り 284号(2017年9月15日便)

 いつもありがとうございます。すっかり秋の空気ですが、まだ暑くなる日もあります。ここ数週間は、雨は時々降って、多すぎず少なすぎず適度な感じ。近年の傾向なのか、干ばつか降りすぎか極端な天候が多いので、こういう丁度いい感じは結構珍しい気がします。7月に刈って、はざ掛けをして干したものの、雨ばかりでなかなか乾かず心配した小麦ですが、8月半ばと後半に脱穀した後、唐箕にかけ、晴れた日にまた広げて乾かし、それを隣町の小さい精米所(小麦の製粉もやってくれます)で製粉してもらい、小麦粉になりました!そして、日々のパンやおやつを焼いています。雨が長くてどうしよう、という期間が長かった分、余計にありがたみを感じます。一度に全て製粉したら保存が難しいので、玄麦のままとっておいて、少しずつ製粉していって、1年使っていきます。この後、10月にまた麦を播いて、ちゃんと実ったなら、来年の7月中旬以降に収穫します。種を播き、育て、収穫し、また種を播く。そしてまた育て、収穫し・・・とずっとつながってきたから、ここに今、小麦やお米があります。野菜も同様です。僕らは野菜も自分のところで採りやすい種は採っています。買っている種も多いですが、そういう種にしたって、何千年も、何万年も、自然に抱かれ、人の手に抱かれながら受け継がれてきたものです。麦やお米の一粒に、地球の、宇宙の、あらゆる歴史が詰まっています。本当にすごいこと。ありがとう。
 
 ところで今度の土曜日は長女・葉菜ちゃん(小2)の運動会があります。毎日色々練習しているようです。リレーの選手になったそうです。リレーの選手がタイムで速い順で選ばれるのは、僕が小学生や中学生だったときもそうだったので、そういうものだと思っていましたが、ゆっこさんは小学校も中学校も、タイムによる選抜ではなくやりたい人がやる、という形式だったそうです。関東と関西の違いとかでしょうか?僕はその、選抜ではなく任意の方がいいのになと思います。
 先日、神奈川の友人宅に家族で泊まりに行ったのですが、そこで聞いた、その友人の知り合いの、あるダウン症の子の話。すごく素敵だったので紹介します。その子はいつも運動会のかけっこで毎年ビリでしたが、ある年、一緒に走っていた子が転びました。お母さんの頭には「あ、今年はうちの子ビリにならないかも」という思いがよぎりましたが、その子は転んだ子のところに戻って、一緒に走りました。ゴールまで並走し、ゴールの直前、その子は転んだ子の背中をポンと押して、自らビリになったそうです。
 例えばこの子のやったようなこと、転んだ子がいたら心配してそばに行くとかいうことは、他人を蹴落としてでも1位になろうとすることより、遥かにいいことではありませんか?人を含む生き物の中には、暴力的な性質も、誰かに優しくしたりできる平和的な性質も、どちらも備わっていますが、そのどちらに水と栄養を与え、育てるかで、どちらが強くなるかが決まってきます。テレビで暴力シーンや差別的な言葉等を毎日毎時間見せ、学校ではただ競わせ争わせる現代の環境が、どちらをより育てるかははっきりしています。人は可能性として、どこまでも残酷で暴力的になれるし、どこまでも優しく平和的にもなれます。それぞれの中にある平和や理解や優しさの種を大切に育てることこそ、何より重要なことだと思います。その平和の種は、どんなに見えにくくなっていたとしても、誰のもとにも必ずあります。健
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ひとつぶ便り 283号

いつもありがとうございます。先週のお便りをアップします。
この毎回のお便りは、A4の紙1枚に印刷して、野菜セットに入れているものです。ゆっこ氏の手書きの野菜の解説と使い方と、近況報告等がその裏につきます。あと最近はそれに加えて、葉菜ちゃんが学校から帰ってきて気が向けばお便りを書くので、それも入ります。

先週のやつは、野菜セットにはそれを入れてしまったのですが、読み返したら最後の方がだいぶ乱暴な感じだったので、その後そこは段落ごと書き直しました。言いたいことは同じようなことではあるのだけど、前のバージョンは直後に読み返して、この表現はまずかったなと、結構後悔しました。書いているときはそれでいいと思ったし、その後印刷前に読み返したり直したりもしているのですが、実際はちょっとまずかったなぁと。そんなわけで283号は2パターンありますが、改訂版の方をアップします。
これは色々と、確認できる機会でもありました。不安とか怖れとか、怒りとか、そういうものはそのまま出るし、伝わってしまうもので、そういう気持ちをそのまま書けば、やっぱり読み手にそういう感情をあおる文章になるのでしょうね。それは、すごく良くないことで、誰かを傷つけ、巡り巡ればそれは戦争とか、そういうものにつながってもいます。逆に、優しさとか愛情から書かれた文章は、やっぱり書き手にも読んでいる人にもいい影響が及ぶのだと思います。僕がティク・ナット・ハンの一冊の本に人生を救われたように、誰かの幸せを願い、苦しみを無くすことを願って発せられた言葉は、目の前の人を、どこかで誰かの命を、救うほどの力があります。なかなかそんな言葉は紡げないけど、目指すのはそういうもの。今回の後悔が、それを確認させてくれました。

では先週のひとつぶ便りです。

ひとつぶ便り 283号(2017年9月8日便)
 いつもありがとうございます。雨ばかりの日々がやっと終わって、やっと晴れて夏らしい天気が何日かあったかと思ったら、最近はもうすっかり秋の空気になって、秋の風が吹いています。朝晩は肌寒く、昼間も涼しいです。季節が変わったのを感じます。夏野菜の勢いも、雑草の勢いもだいぶ穏やかになってきました。夏野菜に夏の勢いはなくなっても、味はむしろ増してきたりもします。今回はまだあまり入りませんが秋の葉物など、これからどんどん入ります。この秋の葉物や大根、かぶなどは、春も美味しいですが、秋のそれとは比べ物になりません。葉物などは、この時期こそ旬、という感じがします。
 家族5人それぞれ、おかげさまで元気にやっています。はるちゃんは1歳7か月。日に日に成長しています。最近またぐっと、全体的に発達したような気がします。最近は会話が結構成立します。ものすごくおもしろいしかわいいです。葉菜ちゃん(小2)と花野ちゃん(5歳)の会話から、かなり色々学んでいるのがわかります。葉菜ちゃんと花野ちゃんのこの時期より、「えー?」とか「いやだ」とか、否定の答えが明らかに上手です。ノーと言える人ですね。また、このところ昼間はおしめではなくトレーニングパンツをはいていることが多いですが、そうしたらだいぶおしっこを教えてくれるようになりました。布のおしめとトレーニングパンツで、そんなに気持ち悪さに違いがあるのかわかりませんが、だいぶ反応が違います。おしっこでもうんちでも「うんち」と言って教えてくれます。葉菜ちゃんも花野ちゃんも、はるちゃんに優しいです。特に花野ちゃんはよく面倒を見てくれますが、はるちゃんの横暴ぶり(笑)や、なんでもはるちゃん優先になることなどに、複雑な気持ちも見えます。はるちゃんは、ゆっこさんや、僕ですら独占したがります。他の子を抱っこしていたらわめく、とかいうのは上2人にはあまり見られなかった気がします。まぁはるちゃんがそんな感じなので、花野ちゃんが寂しい思いをする、という場面がしばしばあります。特にものすごく心配、というようには感じませんが、意識的にフォローしていかなければいけないなと思います。家族も、常に関係は変化し続けるものだと思いますが、その時その時の関係を大切に、それぞれ一人ひとりを大切に、していきたいです。
葉菜ちゃんは、1年生のときは大体週2~3回休みながら通っていましたが、今年はほぼ毎日通っています。去年よりは遥かに楽に、楽しく通っているようですが、当然、大変そうでもあります。日々の授業に加えて宿題は毎日山のように出るし、バスで帰ってくるので帰りは4時か5時。現場の先生とかは必死に、愛情ももって日々子どもに接してくれているものと思いますが、先生が大変すぎることも含めて色々と、すごく疑問です。この国の教育。全体の為には犠牲になることがあり、犠牲になる人がいてもいい、という考え方は、完全に間違っていると思うし、そんな考え方は差別や、搾取や、戦争と、直接つながっています。目指すところは全ての人が、人だけでなく全ての命や、命でないものたちが尊重される教育であり、社会だと思います。この国はそこを目指していませんが、他の国とか、この国の中にだって、人や自然を大切にできる教育の在り方とか、社会の在り方とか、具体的な事例がたくさんあると思います。教育が、社会が、ひたすらに優しくあってくれたらいいなと思うし、また、今そうでないからこそ、自分がより意識的に、自分を、家族を、社会を、自然を、大切にしていく必要があると強く感じます。健

ひとつぶ便り 282号

いつもありがとうございます。先々週のをまだアップしていなかったので、上げます。
この中で少し書きましたが、『カンタ!ティモール』はどこまでも素敵な映画で、そこに出てくる人たちと、彼らがつながっている自然は、僕の一つのお守りみたいなものです。どこかの記事で読みましたが、東ティモールの人たちは、自分たちを間接的に殺し続けた相手である日本に対し、その事実をよく知っていながら、東日本大震災の時に国家予算の4分の1くらいを日本に寄付することを議会で決めて、寄付してくれたそうです。もうなんというか、ほんとすごい。

監督インタビュー、この記事とてもいいのでよかったら是非読んでみてください。すごくおススメ。
このインタビュー記事の中に紹介されている、映画の中に出てくる青年アレックスの言葉。原発事故後にくれたメッセージです。
「自分たちは石油資源の戦争ビジネスに巻き込まれ、それを冷静に見てきた世代だから、原発の後ろに簡単じゃないことがいっぱいあるのは想像している。でも、この大きな試練の中で、日本の人たちは頑張っているのでしょう」「自分たちの仲間が十人しか見えなくて、対する物が巨大で、千人にも見えても、いのちに沿った仕事というのは亡くなった人の魂がついていてくれるから、絶対に大丈夫。恐れずに進んで下さい。仕事の途中でいのちを落とす事があるかもしれないけど、それでも大丈夫だから恐れないで。でもどうしても自分たちが十人にしか見えなくなって不安になったら、僕たちのことを思い出して。僕たちは小さかった。巨大な軍を撤退させるのは奇跡だって笑われた。でも最後には軍隊は撤退しました。それは夢でも幻想でもなく、現実に起きたこと。目に見えない力は僕らを支えてくれたから、どうか信じて下さい」


心から、ありがとうアレックス。では、先々週のひとつぶ便りです。


ひとつぶ便り 282号(2017年9月1日便)
 いつもありがとうございます。ここのところは割と晴れが多い天気で、だいぶ農作業がしやすいです。最近は、秋の葉物の種まきとか、白菜の定植や、草刈り(はいつものことですが)など、しています。
 22日から葉菜ちゃん(8歳)、花野ちゃん(5歳)はそれぞれ小学校と幼稚園が始まって、また元気に通っています。はるちゃん(1歳半)も毎日すくすく成長中ですが、「文句」が色々上手になっていて、おもしろいです。「えー?」とか「あっちいって」「はやくして」とか、すごくボキャブラリーが豊富です。歌もよく歌っています。花野ちゃんは主に、僕ら夫婦と葉菜ちゃんが話しているのを聞きながら言葉を覚えていったのだと思いますが、はるちゃんはそれに加えて姉2人、子ども同士の絶え間ない会話、喧嘩に触れながら育っているので、覚える言葉も行動も、また全然違うような気がします。まぁ、なんでもいいですがとてもかわいいです。
 
 さて、ミサイルが飛んだとか言って、僕らの町でも物騒な警報音が鳴らされましたが、怖い音だなと思いました。あれ無限音階とかいうらしいです。そして定型文の放送は「この地域の上空を通過」とか言っていましたが、実際は全然そんなことはなく、北海道のあたりだって実際は宇宙空間を飛んでいたそうです。当然ミサイル自体がいいことではありませんが、日本を狙ったものではありません。あの警報と其のあとの報道などは、恐怖心を煽り、憲法を変えることにつなげたい人たち、戦争をしたい人たちの茶番。本当にやめてほしい。あんな音を聞いて、うちは特に葉菜ちゃんが怖がり、泣いていました。
怖いのは、戦争になること。戦争をすること。子どもが怖がって泣いた、という話は友人たちからも多く聞きましたが、戦争をするということは、それよりも遥かに大きな恐怖を、自分たちの子どもたちやどこかの子どもたちに与えること。それは政府の中枢とか軍の中枢にいる人たちが自分たちの何らかの利益のためにやっていることなのに、前線に立って殺人をやり合うのは少年や青年たち、殺されるのは女性や老人、子どもを含む僕ら市民たちです。正義の戦争も、美しい戦争もあり得ません。
戦争の話となれば思い出すのは映画『カンタ!ティモール』と、そこに出てくるたくさんの人たちのこと。東ティモールのゲリラ兵たちは、捕らえた相手の兵士から武器を取り上げ、その戦争はどうして起きているか、自分たちは平和を望んでいることなどを聞かせ、無傷で帰したそうです。相手は、自分や自分の家族を殺しにきた者であり、自分の妻や子に日常的にレイプなども繰り返している人間です。そんな相手を前にして、憎しみを膨らませず、話をする為には、想像もできないほどの忍耐と理解が必要だと思います。東ティモールの民にはそれがあった。例えば貧しさから軍に入り、洗脳のようなことをされ、薬物も与えられ、自分で考えることのない殺人者となってやってきたその少年たちに、語り掛けたのです。
 例えばアメリカの軍隊に入れば「相手は人間じゃない」と、繰り返し、昼も夜も言われ続けるそうです。そうして人を簡単に殺せる兵隊を作っていく。東ティモールの人たちがやったこと、僕らがやるべきことはその全く逆のこと。人は誰かに恨みや怒りを抱く時、必ずその相手への理解を止めています。自分や相手を理解し、愛することをどこまでもやめなければ、敵は最初からいなかったのだとわかります。 健