ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 133号

今週も出荷終わりました!ありがとうございます!もうちょっと書き加えたほうがいいかなという点が出てきたので、追記しておきます。今回はすらすら書けて、まだまだ書けるという状態でしたがA4、2枚に到達したので時間的にそれで終わっておいたという感じ。いつもこんな感じだったらいいっす。

ひとつぶ便り(2013年6月21日便)

 いつもありがとうございます。15日に待望の、まとまった雨が降り、だいぶ畑が潤いました。5月、6月の日照りと少雨で、ちょっとの雨だと降っても降っても乾いているような程に乾いていました。表面までしっかり湿っている畑を見たりその土に触れたりするのが本当に久しぶりな気がしています。
僕らの畑は草も生えているし団粒構造もしっかりしているふかふかの土なので、保湿力は比較的高く、またこのあたりは昼夜の寒暖の差が激しいので朝露も降ります。そのおかげもあってか、野菜が干からびるほどではなくちゃんと育ってはいたのであまり心配していたわけではありませんが、それでも湿った畑を見て安堵する気持ちがありました。しかし!野菜たちにとって恵みの雨は、雑草と呼ばれるものたちにとっても大きな恵みです。土の色が見えていた畑も一気に草が生えて緑色に!ものによっては雨が降れば1日に10センチ以上伸びたりもするので、野菜たちが草に埋もれるのはあっという間。有機農業の世界では「草は適度に生えていたほうがいい」みたいな言われ方をしますが、僕らの実力からするとそう思ってできるものではなく、全力で草を刈ったり抜いたりして、辛うじて「適度に生えている」ような畑も一部ある、みたいな感じです。
何だかよくわからないのですが、今年はやたらと草取りが楽しい(笑)。もともと嫌いなわけではありませんが、今年は特に楽しい気がしています。野菜一株、草一本ともっと真摯に向き合いたいなと思います。ここ一週間、僕は主に草を刈ったり取ったりしています。

今週の野菜
 葉ものの多くが、とうが立ち、花が咲いて、先週はちょっと端境期であんまりものがないかな、なんて言っていたのですが先週も意外と色々出荷できて、畑の恵みに感謝。今週はキャベツやオカノリ、カリフラワーなどが新顔です。
 思えばキャベツやブロッコリーは、4月の大雪も強烈な霜も乗り越えて育ってきたタフな命たちです。中には雪や霜でやられた株もあります。苗の育ちがよく、いつもより早く定植できてしまったが為に、いつもよりちょっと過酷な環境で育ってきたものたちです。食べたらきっと元気になります。
 オカノリは粘りのある野菜。お客さんの反応を見ていると、なかなか人気がある印象。僕も好きです。まぁ僕は好きな野菜ばかりですが。暑い夏にぴったりの野菜だと思います。さっと茹でて細かく刻んでおかかとのりと和える「おかかおかのりのり」、美味しいですよ。
 トマト、ナス、ピーマン、ズッキーニ、色々と夏の実ものたちも育っていますが、八千穂の夏はゆっくりやってきます。もう少しお待ちください。ズッキーニは実も結構太り始めました。来週いけるかな?お楽しみに!

目から鱗
 野菜やお米の栽培に関して、僕らは農家出身ではないし、もともと知識も技術も皆無の、全くの素人。「研修」といっても1年かそこらで一人前になれる程のセンスは持ち合わせていなかったし、今でももちろん試行錯誤です。先輩農家を見ていると、20年やろうが30年やろうが、「今年はこういうの試してみたんだよね」って話していたりして、それは僕らのものとはきっと全然レベルが違うけど、やっぱり毎年試行錯誤しています。やっている限り、試行錯誤、みたいなものですね。農業は特に、1シーズンに1回しか出来ないことも多いので。「農家は毎年1年生」という格言もあります。
 わからないことは誰かに聞いたり、本を見たりしながらやりますが本の場合、地域が違えば常識が違ったりするし、「有機」とか「無農薬」とか言っても、それぞれ思想が違うのでそれに応じてそれぞれ栽培にも個性があります。なので、色々読み比べて、自分たちの畑や持っている装備、考え等々に合うやり方を、考えます。例えばトマトのことが知りたいなら何冊か「トマト」の項目だけ読み漁ったりして。そういう作業、楽しいです。
 最近はパンをよく焼くので、パンについても色々本を読み比べたりします。うちにあったものの他、義父に借りたり友達が貸してくれたりしたもので今数冊手元にあるので、野菜と似たような感じで色々見ては試しています。
 まぁしかし、本だけでどうにかなるものではないし、野菜なら実際に栽培したり、パンなら焼いたり、という作業が当然、最重要だと思います。そしてしっかり見て、触って、聞いて、嗅いで、味わって、考える。実践をしながら、また本を見たり人の話を聞いたりすると、話も本もどんどん内容を変えてくれます。「あの人が言っていたのはこういうことか」「あ、こんなこと、書いてあったんだ」とかいうことは、よくあります。誰かがよほど強調し、「大切だよこれ」と訴えているポイントでも、僕は実感が伴わないと聞き流したり読み流している場合が多い・・・。やってみて、実感して、なるほど!となる。その誰かからすれば、「何度も言ってるじゃん!」ということなんですよね。

 「目から鱗が落ちる」という言葉が今ふと浮かびました。見事な表現だなぁと思ったらこれ、もともと新約聖書にある表現だとか(広辞苑参照)。へぇぇ。それはともかくいいなと思う表現。僕らの目にはいつしか鱗が張り付いていて、本質が見えなくなっている、っていうことですよね。その鱗が落ちる瞬間に出会うのは、ものすごく嬉しい。「新しいことを発見した」ということではなく、「目の前にあるのに見えていなかったものを見られるようになった」というニュアンスがそういう時、すごくしっくりくるように感じます。
 自分の目についた何重もの鱗を落とし、ありのままを見られる生まれたときの目を、取り戻していきたいです。世界はきっと、もっともっと美しいんですね。 健


追記
さて「目から鱗」の話。実際に体験して初めてわかる、ってことがたくさんあると思うし、結局直接の体験を通じてしか、理解というものはできないような気がするのですが、その理解を待たずして、実行しなければいけないことってのがあります。特に、安全性に関すること。農業機械とか、自動車とか、子育てとか、仕事・生活全般において、安全性に関すること。例えば「農業機械はエンジンを切ってから点検しましょう」って絶対書いてあるし、言われることだけど、「そうしないと危険」ということを理解するのは、直接の体験をしてからでは遅い。機械が突然動き出して、巻き込まれて怪我をしたりしてから「あぁこういうこと言ってたのか。危険だったんだな」って納得していたのでは、遅い。命落とす場合もあるし、他の人を怪我させたりしてしまう場合だってあります。
とにかく、安全性に関することにおいては、「目から鱗」を待ってはいけないと思う。実感を伴わなくても、理解できなくても実行しなければいけない、ということがたくさんあります。それを見落とさないようにしなくてはいけないと思います。

直接の体験を通じた実感を伴う理解、そういうものがすごく尊いと思っています。でも、だからこそ、そういう理解がなくてもやらなければいけないことがたくさんある、ということを自分が見失わないように、追記したいと思いました。今日も読んでくれてありがとうございました。

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