ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 144号

今日もお越しいただきありがとうございます。
眠い。

今回は愛の話とかちょっと唐突すぎたかと思いきや、「いつも唐突じゃん」とゆっこ氏に言われ、なるほどそうだったか、と思った次第。前置きとか後に書こうと思ってまず書きたいこと書いてたら、紙がうまっている、ということがしばしばあります。今回はそのケース。
自分の中の流れとしては、前回、「危機への対応」みたいなことを書き、それも大事だけどその前に、子どもとか自分の心に危機を起こさない為には何をすればいいかしら、というところから、愛を注ぐことが大事よね、っていう感じで、愛とか愛情の話。

今回の通信の最後に書いたチャップマン氏の話は、僕は『子どもに愛を伝える方法』(田上時子+エリザベス・クレアリー)という本で見ました。この本は、夫婦間の問題とかを扱うカウンセラーのチャップマン氏の理論をもとに、子どもへの愛の伝え方について書いてある本。内容わかりやすいし薄いからすぐ読めます。なるほど本です。おもしろいです。
そしてこの前ちょっと調べたら、チャップマン氏も『子どもに愛が伝わる5つの方法』という本を書いてるみたいです。ほとんどタイトル同じですね。これもおもしろそう。対象が子どもじゃない本もあり。
夫婦でも、お互いに愛していると思っていても、伝達方法の違いですれ違い、離婚に至るほど深刻な問題になっちゃう場合もあるようです。例えば片や、言葉で愛を感じる。片や、サービスで愛を感じる。お互いに自分が「愛されている」と感じられる方法で相手に伝えようとしても、伝わらないってことがあるわけですね。まー愛情そのものがあるのかどうなのかって問題の夫婦とか親子とかもいっぱいあるでしょうが、伝達方法の問題ってところもたくさんあると思います。自分でもよくわかってないケースも多いかと。

では、どぞ。

ひとつぶ便り 144号(2013年9月6日便)

 いつもありがとうございます。ここのところよく雨が降ります。でも晴れ間も結構あるし、種まきしたてでまだ小さい大根やらカブやら葉っぱものたちには悪くない天気かもしれません。まだまだ暑い日もありますが、風は完全に秋の感触です。
 トマトや茄子などもまだまだがんばっています。それぞれの野菜に、暑い時期には暑い時期の、涼しい時期には涼しい時期の味わいがあります。秋の茄子はとても美味しいと言われますね。夏も美味しいけど。ちなみに「秋茄子は嫁に食わすな」ということわざは、「美味しいから食べさせるな」という意地悪説と、「体を冷やすから食べさせるな」という温情説とあるようです。まぁあまり気にしないで(笑)たくさん美味しくお召し上がりください!

愛とか愛情とか
漠然と、時に具体的に、娘たちには「愛情を感じて育って欲しい」とか思います。愛、なんてあまり使い慣れた言葉ではありませんが、娘たちと一緒にいると、自然と考えさせられる言葉です。色々思います。愛ってなんでしょうか。
 愛、といって僕がまず思い浮かぶのが、「子育て中の母熊が人間を襲う」というイメージ。あるいは「子育て中のカラスが人間を襲う」イメージ。はたまた「繁殖期のスズメバチが人間を襲う」というイメージ。人間襲われてばかりですが(笑)、そういうのがまず浮かびます。普段は基本的に人間が近くにきたら静かに見ているか、離れるか、という行動をとる動物や虫たちが、小さい子どもを持っているときに、その子どもに危険が迫っている!と思えば、自らの危険を顧みずすぐさま子を守る行動に出るわけです。そのときそこにある、(たぶん)突き動かされるような、燃え上がるような、思考など挟む余地のない「守りたい!!!」「生かしたい!!!」という衝動!!こそが愛情というものなのかなと。
 動物にせよ人間にせよ、愛情はそんな分かりやすい形だけでなく色々な気持ちや行動として表れてくるものと思いますが、そういう、誰かを「守りたい」とか「生かしたい」という気持ちが基本なのではないかと思います。そして、受け取る方は「守られている」、「生かされている」と感じることが、「愛されている」と感じることなのかと。
 動物も人間のように、子どもを虐待したり育児放棄したりするものがいるみたいだし、一方でそういう親に見捨てられた子を育てる他の親がいると聞きます。愛情というのはきっと、どの個体も持っているものですが、育ってきた環境とかそのときの状況等によってそれが出やすかったり出にくかったりするものなのだと思います。もともと全く、その性質を持っていないものはたぶんいません。それを育てるかどうか、の話ではないかと思います。大人になってからも愛情を成長させていくことはいくらでもできるものと思いますが、人や動物がそれぞれの愛情を育てる上でより効果的、より手っ取り早いのはきっと赤ちゃんや子どもの頃。その頃にたっぷり愛情を受けられれば、受けられたと思えれば、自分も他の個体を大切にできるような心持ちが育ちやすいものと思います。
 娘たちには是非、そういった愛情と呼ばれる心の部分をどんどん育んで欲しいと思いますが、何故そうして欲しいかと言えば、それがとても幸せなことだと思うから。社会の為になるとか自然環境の為になるとか、そういうのは後からついてくればよくて、何よりまず娘たち自身が幸せに生きる為に、愛情を育むことがすごく有効だと思うのです。娘たちに接していて、自分の中の愛情がじわわ~っと出る時がありますが、これはもうなんとも言えない気持ちよさ。自分を強力に癒す力がそこにあるのがわかります。「無償の愛」なんて言葉がありますが、誰かや何かを愛することは、その愛された誰かからの見返りなどには全く関係なく、愛したその瞬間に愛したその人自身の中で、何かすごくいい感じのことが起こるみたいです。「情けは他人(ひと)の為ならず」という言葉は、これのことを指すんじゃないかと思ったりもします。とにかく、愛された誰かからの見返りという部分だけ見れば「無償」でも、愛した人にとってその行為はとても「無償」とは言いがたいほどに、その人の内部において大きな恩恵を受け取っている気がします。
 思い出すのは冬、スキー場のアルバイト中に流れていたラジオの中の話。原因不明の、慢性的な体調不良に悩まされていたある人(投稿者)が、弱っていた猫を拾って一緒に暮らし始め、その猫に対して「助けなきゃ!」という気持ちや温かい気持ちがどんどん湧いて、そうしたら体調不良がすっかり良くなった、というもの。愛情には、それを注がれた他者を癒す働きの前に、注いだ自分を癒す働きがあるのだと思います。
 たぶんそれほど抽象的な、はたまたスピリチュアルな話ではなく、例えば「愛情ホルモン」などと呼ばれるオキシトシンのような物質の分泌の話であったりする、とても現実的な話だと思っています。
 
 なんといっても娘たちには愛情をたっぷり受けて育って欲しい。僕はもっともっと愛情全開でいきたい。自分の為にも。
「愛情を伝える」と一口に言っても、「愛されている」と感じるツボは、それぞれ色々と違うようです。チャップマンというカウンセラーによると、「言葉」「スキンシップ」「贈り物」「時間(一緒に何かをする、とか)」「サービス(して欲しいことをしてもらう)」の5つのうちのどれかの中に、特に愛を感じやすいものがあるそうです。親子、兄弟などの間でも異なることはよくあるそうで、見極めはそう簡単ではないし、年齢と共に変化もしていくそうなので慎重に見なければいけませんが、すごく参考になります。自分がされたら「愛されている」「大切にされている」と感じることが、相手も同じ場合ばかりでは無い、というのは心に留めておいた方がいいかもしれません。
 愛情そのものも、その表現方法も、どんどん成長させていきたいと思っています。 健
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