ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶろぐ 151号

お越しいただきありがとうございます。台風が過ぎて、なかなかの寒さがやってきています。明日は霜が降りるかも。台風が立て続けに来て、この地域にしては珍しくすかっと晴れない天気が続いていましたが、明日からはよく晴れそう。そして寒そう!冬っぽい空気。いよいよ。

では今週のひとつぶ便りでござる。


ひとつぶ便り 151号(2013年10月25日便)

 いつもありがとうございます。先週あたりからいよいよ霜が降りそう、という感じなのですが、ここ数日は朝晩そこまで冷え込まず、まだ霜は降りてはいません。初霜はいつでしょうか。空はなかなかすかっと晴れず、洗濯物の乾きにくい天気が続いています。ストーブを焚けばかなり乾きますが、そこまで寒くもないのであまり焚かず、という状況。

酒蔵の仕事が始まりました!
 僕は今年からの、酒蔵での仕事が始まりました。最初は蔵の掃除や機械の組み立てなどから作業が始まるようです。まだ何もわかっていませんが、初日の21日は精米所の手伝いをしました。削ったお米を運んだり積んだりとか。日本酒はお米から作られるんだなぁと山積みの米、米、米を見て思いました。もちろんまだまだどんどん運び込まれるわけで、まだまだ序の口。それでも、僕にはなかなか印象的でした。お米に囲まれればなんだかうきうきわくわくして嬉しくなってきますが、そんな時に頭をよぎったのは、「先進国の人が肉とお酒を3割控えれば、世界から飢餓がなくなる」とかいう言葉。麦とか芋とか、色々な「食べもの」からお酒は作られます。日本酒は、お米からできているんですね。
世界の人たちが食べものをうまく融通し合えるのなら、食糧の生産が今より少なくてもきっと世界から飢餓は無くなります。逆に、現在のように、僕ら日本人のような一部の人間が世界から食べ物を奪って捨てているような仕組みの中では、例えば技術革新などによってどれだけ食糧の生産が増えたとしても、世界から飢餓は無くならないと思います。生産量の問題よりも、分配の仕組みの問題が大きいのではないかと思います。そして、今のような仕組みをもたらす人の心の問題こそ、真っ先に取り組むべきものなのではないかと思います。僕は最近はほとんどお酒を飲んでいませんが、こういう仕事に就いたからにはこれからはちょっとは飲もうと思います。飲むのなら、心して、大切に飲みたいものです。間違えても学生時代のような飲み方はしちゃいけないなぁ・・・。
 基本的に休みはあまり無いようですが、出荷の日は休みをもらってやっていく感じです。早朝とかに、やれることもありますね。がんばります。まぁしかし、何より優先するのは、子どもたちと楽しく過ごすこと。いちばんがんばりたいのはそこです。それと、「自分の本業は農業で、冬は酒蔵で働いています」というようなスタンスはあまり好みではないし、そんな気ではいません。その時の自分がその時の全て。畑でも、蔵でも、家でも、精一杯がんばります。お米や人間と相性の良い色々な菌に囲まれて仕事ができるのはとても素敵なこと。あと、全体的に建物が古い木造で、とても渋い。かっこいい。それも素敵。ありがたい環境です。初出勤までだいぶ緊張しましたが、出勤してだいぶ楽になりました。

対立
 ところで、自分が大切にしているものは、それを大切にしていない人を見て初めて確認できることも多いなと思います。また、誰かを見て「あういう人」とか、集団を見て「あういう団体」とか、色々な場面で何かと自分なりに分類して一緒くたにしてしまうことがありますが、実際はそれぞれの人の考え方は、似ているように見えてもそれぞれ微妙に、時にかなり異なります。僕ら夫婦の間でももちろん、色々な違いがあります。それでも、大切にしたい芯の部分というか基本的な部分というのはかなり共通している気がします。とてもありがたいことだなと思います。それは、共に生活する中で影響し合ってきたということもかなりの部分、あると思います。僕がゆっこさんに教わり、学ばせてもらったことはとても多い。多いというか、強く深い。何にせよ、共通する思いが色々とあります。どこまでいっても「僕らが正しい」なんてことは言えませんが、「僕らはこれが正しいと思う」、「僕らはこれが大切だと思う」というのはどんどん言っていった方がいいことだと思います。僕はつい5年前くらいはそう思っていませんでしたが、考えが異なることは、恐れることではないんですね。「対立」という言葉があって、たいてい争いを伴う悪い意味、文脈で使われますが、「対して立つ」というこの字に、もともとちっとも悪い意味は含まれていないと思います。相手としっかり向き合うこと。それは面倒だったり辛かったりすることもあるかもしれませんが、とても大切なことだと思います。それはきっと、自分としっかり向き合うことでもあります。それは、やはり面倒だったり辛かったりすることがあると思いますが、自らを無視したり切り捨てたりするより遥かに良い道だと思います。そしてきちんと向き合えたなら、それは幸せでしかないと思います。
 ちなみに「敵」という字も、「まともに向かい合う」という意味がもともとのようです。争う相手ではなく、向き合う相手として、人や物と付き合っていきたいものです。

平和負荷
 自分たちが大切にしているものを説明するのに「平和負荷」という言葉はどうだろうかと、この前ふと思いました。環境への負荷は「環境負荷」と言うから、世界の平和への負荷は「平和負荷」と呼んだらどうでしょう。僕らは「平和負荷」の少ない農業がしたい。
 例えば「安全性」や「健康」のみを求めるなら、海外のオーガニックの農産物や食品を食べていればいいということになります。ただ無農薬のものが欲しいだけなら、「中国の人たちに無農薬野菜作ってもらえばいい」みたいな考えが成立します。僕らにとって、それは目指すところではありません。また、「無農薬・無化学肥料」が、付加価値をつけるだけの手段ならば、自分たちの食べるものへの関心は、全く払わなくてもいいことになります。それは僕ら、ひとつぶ農園が目指すところではありません。
 戦争や差別や搾取に荷担しない方向を目指したいのです。矛盾は膨大に抱えているけど、有機農業は僕らにとって、平和の為の手段であり目的です。健

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