ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 158号

今日もお越しいただきありがとうございます。
今日は今週の野菜セットに入れるお餅をついていました。機械づきです。蒸すのは薪の火で。

夜はシュトーレン(クリスマスのドイツのお菓子パン)を仕込んでみた。レシピは林弘子さんの本をざっくり参考にしつつ。砂糖とかバターとか使わないから、そのへんは適当に応用しつつって感じでございます。まぁ、たぶん美味しくできることでしょう。ふっふ。

近頃下の子が僕を「こみけん」と呼ぶようになりました(うちでは「パパ」「お父さん」ではなくあだ名呼び)。「み」の発音は難しいようで、「こいけん」に近い。

では先週のひとつぶ便りです。

ひとつぶ便り 158号(2013年12月13日便)
 いつもありがとうございます。今朝はうっすら雪が積もっていて、道路はスノータイヤじゃないとちょっと恐い感じでした。ちなみにここは、北海道並に寒いところだけど、真冬でも日本海側のような豪雪が降るような場所ではありません。それなりには積もるし、寒いからなかなか溶けませんが。
 冬になって、畑にはもうほとんど野菜はありませんが、収穫してあるもの、漬物など保存食などで食卓はなかなか豊かです。ひとつぶ農園が始まった4年前、野菜の種類も量も質も、全く良く出来なかった頃を思い出すと、そのありがたみや自分たちの成長を感じます。その、全然うまくいかない野菜たちの頃から買って食べて頂いている方々もいて、本当に、ありがとうございます。という気持ちです。今後ともよろしくお願いします!どんどん成長していきたいと思います。

秘密保護法のことなど
 秘密保護法、成立しちゃいましたね。今後、生活の中にどのように影響してくるのかわかりませんが、すごく由々しき事態なのでしょう。委員長の解任とか、かなり強引な手法で与党の人たちはあの法案を通したようですが、あと3年間、こんなことが可能なら、安倍首相と仲間たちのやりたい放題ですね。彼らのやりたい放題の先に、明るい未来があるとは思えません。彼らは色々、勘違いしているのではないかと思います。向かっているのは人が幸せになる方向ではありません。「国民」と呼ばれる僕らだけではなく、権力者である彼らもまた、不幸になる道です。今すぐ、考え直して欲しい。
 この前義父の家に行った時、ついていたテレビの中では「北朝鮮が暴走している」とかなんとか言っていましたが、そんなことを言う前に自分の国を見てみてください。日本を。元より、例えば原発のプルサーマル計画に反対した知事の側近を「自殺」させ、妹を拉致しそれによって脅迫し、虚偽の自白を引き出して逮捕して、失脚させて、なんてことを平気でやる国です。もし国が手を下していないにしても、そういうことが平気で起こる国ってこと。これは福島県の前知事の話ですが、似たようなことはたくさんあるのではないですか?ちょっと目障りだったら実際に命を奪ったり、社会的に抹殺したり、なんてことはきっとすごく簡単です。
 例えば原爆の後遺症で苦しむ人たちに対してとか、水俣病で苦しむ人たちに対してとか、すごく不誠実で差別的な対応をし続けていたり、例えばハンセン病患者を科学的根拠も何もなく最近まで隔離していた歴史があったり、思いのほかひどい国なんですねこの国は。学生時代とか、もうちょっといい国だと思っていました。その頃は「日本が好き」って言えました。今は言えない。もし「日本」という枠組みが戦争の為に使われるのなら、そんなものは無くなってしまえばいいと思います。大事なのは「日本」じゃない。僕らが空間と時間において、本来はそこに存在しない線を引いて自分と他人、団体等々隔てるのは、お互いの安全を守るためであったり、それが便利だからだったりするからだと思います。「国」という単位は、その中にいる人たちの安全を守る為に、その中にいる人たちを幸せにする為に、存在して欲しい。政治家も、市民も、みんなひっくるめた国民たちの為に「日本」があるのであって、「日本」の為に政治家や市民がいるわけではありません。愛国心なんて言葉を口にする前に、目の前にある木々を、足元にある土を、見上げた空を、大切に思う気持ちを養うべきだと思います。養うというか、思い出すということかもしれません。とにかく、「日本」という枠組みを、便利な道具を、国民の幸せや、世界の平和と幸せの為に使って欲しい。

動き。流れ。
 ところで今日、なんとなく体を動かしていてふと思ったこと。体にとって、「いいポーズ」のようなものがあるというよりは、「動いている」ということが大切なのかと。例えば呼吸の場合も、吸うことと吐くことの、どちらが優れているとかどちらの方が大切とか、どちらも重要とかそんな話では無く、吐いて、吸って、吐いて、吸って、の繰り返しそのものが大切。止まれば死んでるってことですもんね。体も、例えば伸ばすことだけが重要とか、縮めることだけが重要とか、なんてことではないのだと思います。動かすこと、動いていることこそ、重要なのかなと。寝返りうてなかったら大人はすぐあざみたいになって、そのまま放置しておけばその部分が壊死していくとか。
 と、いうことを考えていて、思い浮かんだのは川の流れ。川は、ダムのようにせき止めれば、よどみます。汚れます。そもそも流れていなければそれは川とは呼べません。水、という点では同じだけど、流れているか、いないかでそれは全く別のもの。きれいさも温度も違うし、そこに住める生き物も全く違ってきます。
 この世の中の全てのものについて、それを健全な状態に保つには川で言うところの「流れている」ことが重要なのと、そもそも「流れていない」ものが無いことを知ることが、重要なのかなと思います。人の体も畑の土も、固定的に捉える時、色々な間違いが起こる気がします。僕らの命は今、動いています。
 
娘たちのこと
 葉菜(はな、4歳)ちゃんは、よく歌います。初対面のお客さんなどがいると人見知りするどころかいつも以上にノリノリで歌っちゃいます。明らかにその場の思いつきの歌詞とメロディーを、大きな声で歌えるところがすごいぜ。そして、そのてきとうな曲で踊りだすのは花野(かや、1歳5ヶ月)ちゃん。昨日「こみけん」と僕を呼んでくれました!健
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