ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 162号

今日もお越し頂きありがとうございます。毎日寒い!!でも今日ちょっとマシ。マイナス15℃くらいの日が結構あって、朝のマイナス5℃くらいはかなり暖かく感じます。ということはマイナス30℃とか体験すると15℃でも暖かいって言うのかしら。

先週のひとつぶ便りですどうぞ。

ひとつぶ便り 162号(2014年1月17日便)
 いつもありがとうございます。今回が今年初めての方も多いですね。今年もよろしくお願いします!
 連日、寒いです。明け方の気温はマイナス15℃くらいの日が続いている感じ。寒中ですね。今夜(14日)も寒い!月と星がきれい!除雪と塩化カルシウム(塩カル)の大量散布により国道には雪はほとんどありませんが、僕らの集落からその国道に出るまでの道路はなかなかとけず、かつ坂道なのでなかなか恐いものがあります。除雪は入りますが、塩カルを撒く量は国道より遥かに少ないってことですね。塩カルはこういう地域には欠かせないのでしょうが、鹿などの野生動物がそれを食べて栄養源にしているとかいう話も聞いたことがあります。貴重な塩分ってことですか。鹿が増えている一因とも。

変わること
 こう毎日寒い日が続くと、朝マイナス5℃くらいだとかなりほっとする感じ。外に出れば暖かさも感じるほど。今、ふとウェブで天気予報(実際より寒いことが多い)を見たところ、明日の朝はマイナス12℃。それを見て、「明日はそうでもないや」とほっとした自分がいてちょっとうけました(笑)。ちょっと前の時期だとマイナスになるだけでひいひい言っていたことを思うと、人の感じ方ってのはいとも簡単に変わるものだなって思います。自分が「当たり前」と思っている感覚は、自分の周りのちょっとした変化で、大きく変わることがあるのだなと。すごく流動的。すごく曖昧。それは全く気温に限った話ではなく、例えば「自分はこういう人間だ」とか、「あの人はあういう人だ」とか、そういう見方なども、どんどん変化していくものだと思います。その「変化」の幅が、思いの外大きいのではないかというのが最近思うこと。見え方、感じ方、考え方、それはどんどん変化もするしているのに、「こうだ!」と決め付けて、見解を硬く固めてしまうことが日々多い気がしますが、もっと自由に柔らかく、もともとしている変化を受け入れていけたらより楽しいのではないかと。それが無責任であったり不誠実であったりしては、色々良くないと思うし、詳しい説明などが必要なこともあると思いますが、意見が変わることとか、見方が変わることとか、感じ方が変わることはごくごく自然なこと。恐れなくていいんだなと思います。
 僕らが「ひとつぶ農園」を始めて5年目のシーズンが終わろうとしています。この5年、僕らの中にも色々な変化がありました。小さな変化から劇的な変化まで色々。農業のやり方などは色々と進歩はあるものの基本的に変えたことはありませんが、そこに対する考え方などはかなり変わった部分があると思います。特に僕は。始めのころに書いていた通信と、今の内容は全く異なります。今シーズンの初めと比べたって、結構変化があるかと思います。色々な部分の色々な変化がありますが、それは僕にとってすごく良い変化が多い気がします。うまくいかないことも失敗もたくさんありますが、向かっている方向は、間違っていない気がします。より、自分が幸せになる方向に。より、自分が楽しくなる方向に。より、自分が平和になる方向に。そんな変化をもたらしてくれている連れ合いと娘たち、詩人・禅僧のティク・ナット・ハン師、そして土や水や風や太陽、その恵みである食べ物たち、考えれば考えるほどに、僕は僕以外の全ての人や物に支えられて生きています。という表現は甘いか。僕は、僕以外の全ての人や物からできています。という方がしっくりくるかな。皆さん、いつもありがとうございます。

忘れること

 人はどんどん変わっていくし、また、どんどん忘れていくものだとも思います。それが自分にとって良いものか悪いものかを問わず、どんなに強烈な体験であっても、忘れていくものなのだなと思います。とても悲しい体験、辛い体験などは、「忘れる」ということが必要な場合も多いかもしれません。それは、人や動物の中にある大切な機能とも言えるのかも。しかしまぁ、大切なことも忘れるから困ったもんです。忘れてはいけないことも忘れる。結構、あっけなく。「これが大切!」「これだけはやめとこう!」「これだけは毎日欠かさずやろう!」とか思っても、次の瞬間忘れていたりしませんか?(笑)
 と、笑いごとでは無いこともあります。例えば戦争の体験とか、地震や津波の体験とか、そういうものの記憶だってきっとどんどん薄れていくものです。薄れていかなければ生きていけないのかもしれないし、そもそも忘れることは自然なことで、仕方の無いこと。でも、忘れてはいけない、繰り返してはいけないことというのがあります。自らが忘れず、そして次代にその記憶を教訓として渡すことは、すごく難しいことだと思います。知恵と工夫を駆使しなければいけない。それでもなお、難しい。
 いかに具体的に、実践的な形で残していけるか。というのが大事でしょうか。「こういう状況に気をつけろ」なんていう表現では、たぶん効果はすごく薄い。「津波のときは、ちりぢりに逃げろ」のように、とか。「こういう時には、こうしろ」みたいな具体的な行動の指示があるといいのかなと思います。
 日本はかつて戦争をして、もう二度と戦争はすまいと誓った人たちがたくさんいたのだと思います。でも、「平和」というものを具体的に、実践的に伝えることが出来てこなかった。日本国憲法、9条のことは良く言われるけど、僕は前文が大好き。物凄くかっこいい。でも、この国はそれを実践してこなかったし、実践に結びつける術を持っていません。理想や目的があっても、それを実践する具体的な手段を知らなければ、それは実現のしようがありません。「平和が大切」と、確認することはすごく大切。同時に、「どうすれば平和を実現できるか」を具体的に考える必要があります。やれることはたくさんあります。健

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