ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 177号

今日もお越しいただきありがとうございます。台風が過ぎて、静かな夜です。

僕は台風の最中、ちょっと神奈川まで出かけていまして、こちらの荒れ具合を知らないのですが、かなりの雨と風だったようです。風で倒されてしまった野菜などもありますが、そこまで深刻な被害は無さそうです。よかった。

では、遅くなりましたが先週のひとつぶ便りです。どうぞ。

ひとつぶ便り 177号(2014年8月8日便)
 いつもありがとうございます。昼間はものすごく暑い日が多いですが、夜は涼しい。窓を開けていると肌寒さを感じる日もよくあります。昼間は30℃を超えるのに夜は冷える時15℃くらいになるので、朝になると朝露がすごい。車のガラスとか路面とか畑とか、びっしょりです。寒暖の差によって野菜など、植物たちを美味しくなるそうです。味は土質とか栽培方法、その年の気候等々によっても全く変わりますが、寒暖の差というのも大きな要因のようで、そこが確実に確保できるのはすごくありがたいことです。

第4回 フクシマのこどもサマーキャンプin小諸
 ↑というののお手伝いに家族4人で行ってきました。まぁ子ども達含め4人で行っている時点であまり手伝う気がないんじゃないかというツッコミはごもっとも。実行委員として活動してきたわけでもなく、友達の誘いで遊びに行ってきた、というのがたぶん正しい表現です(笑)。
 キャンプは、福島から子ども達が8月1日に来て7日に帰る日程で、内容は盛りだくさん。僕らが参加した日は、午前中は塾の先生がボランティアで来て、みんなで宿題をやるという内容。僕らは宿題が終わった子とか、やらない子と一緒に別の部屋で遊ぶ役。折り紙とか知恵の輪とか、色々とおもちゃがあって、子ども達と一緒に楽しく遊びました。午後は近くのプールへ。プールなんて久々に入りました。葉菜ちゃんと花野ちゃんは、初めての大きいプール。僕らは「見守りボランティア」のはずでしたが、キャンプに来ていた小学生たちがよく葉菜ちゃんたちと遊んでくれて、むしろこっちが見守られていました(笑)。ありがとう。色々な子どもと接することは、大人たちにとってすごく貴重な体験ですね。
 
 ところで僕は長野県に来る前の2007年、福島県で農業研修していました。と書いていてなんだか違和感。それはたぶんその当時、周りの人たちがほとんど自分たちの住んでいる場所を「福島」と呼んでいなかったから。それに影響を受けて僕も使っていませんでした。「福島」ではなく「会津」なんですよね。会津人の意識。福島県は太平洋側から浜通り、中通り、会津と、地方が3つに分けられます。会津はいちばん山側。冬は晴れ間がほとんどなく雪深い、日本海性の気候。長野県も北の方と真ん中の方、僕らの住む東、南の方では全く気候が異なるし、同じ地方の中でも山が多いので気候が全然違ったりしますが、他の県の人に自分たちの住んでいる場所を問われればほとんど全ての人が「長野県」って言うでしょう。けど福島における会津の人々はそう言わないことがたぶん、多い。少なくとも「福島です」でなく「福島の、会津です」って言うと思う。この感覚、あくまで僕が間違って染まっていなければの話だけど(笑)。
 思うことは、もし会津が例えば「会津県」として別の県だったら、今回の事故でたいして騒がれない場所なんだろうと思います。汚染はあるにせよ、他の県、例えば茨城とか栃木、群馬、宮城、などの方がよっぽど汚染がひどい場所があります。県境で放射能は止まらないのに(山で県境、という場合は県境でかなり止まっていたりもするけど)、福島県というだけで騒がれるというのはおかしなことだと思います。地形、風向き、その時に雨が降ったか、などの要因により、同じ地域でも汚染の濃淡が全く異なります。同じ畑の中でも全然違うようです。距離の遠い福島以外の場所でもすごい数値が出ることもあれば、ホットスポットと呼ばれる福島市の中でもほとんど汚染がない土もあると、事故直後に測ってもらった団体の担当者の方が教えてくれました。
 福島の原発で事故が起こったからって、福島県だけに被害がいくわけではありません。事故の被害を福島県だけと考えるのは、明らかに間違いです。今回の事故に関しては漢字ではなく「フクシマ」と片仮名で表現した方が、適切に感じます。「ヒロシマ」「ナガサキ」が県名を表すものでないのと同様、福島県を表す「福島」ではなく、「福島第一原発の事故」という意味での、「フクシマ」。それで言うなら僕らの住む長野県もフクシマの被災地です。現在、野生キノコはあちこちで基準値越えが出て、食べられなくなっています。福島県だけの問題ではありません。日本、そして世界の問題。国を挙げて、子どもも大人も、守って欲しい。「フクシマ」は過去のことではなく、現在進行形の過酷事故です。

今週の野菜セット

 夏野菜!どーん!というセットでございます。なかなか野菜が華やかな季節ですので、周りにお野菜好きの方いらっしゃいましたらご紹介ください。良かったら贈り物にも使ってくださいね~。
 前にも少し書きましたがトマト、ミニトマト、ナス、ピーマン、縞と丸ズッキーニ、キュウリなどは全て固定種です。トマトはほとんど自家採取。キュウリもです。キュウリはもともとは自農センター(公益財団法人 自然農法国際研究開発センター(長い(笑)))というところが育種した種や、地方品種の種を買ったもの。それを種取りして、使っています。キュウリの花粉は虫が運ぶので、違う種類を近くに植えておけば品種同士、交雑してしまいます。だから、その品種を純粋につないでいきたければ、一品種だけ育てるか、品種ごと遠いところに植えるか、近くに植えるなら花に袋をかけたり、ということをしなければなりませんが、そんなことをしていないので、色々混じって色々なキュウリができています。長さもイボの感じもほんと色々。まぁ美味しいから問題ないかなと思います(笑)。現在は、同じ大きさ、同じ見た目の野菜しか、市場には流通させることができない仕組みですが、多様性こそ生命の強さと呼べるものだと思います。一つの品種だったら、同じ病気で全て枯れる、ということもあり得ますが、多様な品種だったらそういう危険性は低くなります。
野菜なら優等な一品種だけが、人間なら優秀な一種族だけが生き残るべきだ、みたいな考え方は、全く誤りです。そもそも、何が優秀なのか、僕らには何も判断できません。環境によって、良い、悪いは全く逆になることだってあります。大切なのはきっと、多様性を確保しておくこと。人の場合、それを考える上で重要なことは、少数派をいかに大切にできるか、ではないかという気がします。例えば小学校の30人のクラスで、1人だけ集団に馴染めない子をどう大切にできるのか。その1人を大切にすることは、他の29人を大切にすることなのに、その子のケアは行わず、行いたくても一人の先生ではとても行えず、結局その子は傷つき、苦しみ、さらに馴染めず、ってことになりがちだと思います。そして、テレビ等で例えば自分と異なる性質を持つ人、「変な人」を嘲笑することに慣れている「ふつうの子」たちは、何の疑いもなくその1人を嘲ったり蔑んだりするのだと思います。それは、自分を苦しめることだと知らず。せめてもう少し、優しい国に、社会に、なれないものかと思います。憲法はあんなに優しいのに。人はもっとひたすらに、優しくていいはず。幼い子どもたちの、親に対する優しさのような優しさを、僕も持っているはずだし、全ての大人が持っているはず。そこのところもっと信頼して、もっと思い出して、触れてみて、育てたらいいと思います。 健
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