ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 181号

こんばんは。今日は中秋の名月!うちは連れ合いが団子やら、トウモロコシを輪切りにしたり、黄色いズッキーニも輪切りにして、なんやら色々「お月様っぽいもの」料理を作って、外がよく見える、いつもご飯を食べる部屋とは違う部屋にセッティングして、お月見パーティー!電気は消して、ろうそくの光でご飯食べました。曇っててどうかな~と思いましたが、雲が薄いときはかなり見えて、よかった。歌を歌ったりはしゃいだりしながら子ども達も楽しんでおりました。雲の間から見えたり、雲に隠れて見えなかったり、色々な表情のあるお月さんだったので、むしろ楽しめたかも。今はよく見えてるなぁ。

さて先週のひとつぶ便りっす。

ひとつぶ便り 181号(2014年9月5日便)
 いつもありがとうございます。すっかり秋の空気で毎日すごく涼しい。このところまた雨続きで、昨日(2日)は久々に晴れました。8月の長野県内、日照率が過去最低の地点が9地点、雨量が過去最高は4地点、だそうです。ところによっては日照が平年の半分以下。僕らの住む佐久穂町も、過去最低ではないようですがかなり日照が少なく、雨が多かったです。おかげで野菜、ものすごく不作・・・。山あいの畑ばかりでもともとどこもそれほど日当たりのいい畑ではないので、余計にダメージ大きいのかも。あまり問題なく栽培できている友人もいるので、僕らの技術の問題も当然かなりの部分あるものと思いますが、この天候に苦戦している農家は僕らだけでなくたくさんいるようです。涼しいから秋の野菜たちにはいいかと思いきや、8月前半にまいた大根や葉物などが、雨でだいぶ駄目になっています。まき直そうにも雨ばかりで畑に入れる状態ではなかったので、やっと晴れた2日目の今日(3日)まき直しました。大根はもうこのあたりでは遅いので、ちゃんと大きくならないかもしれませんが、まぁそれならそれで、葉っぱを食べます。状況はだいぶ厳しいですが、やれることをやっていきます。
 例えば大根の種は、5年くらい前のものでもそれなりに発芽します。大根にとって5年くらい、厳しい気候が続いたとしても、彼らは種を発芽させず、耐え忍ぶことができます。発芽して、種を残せる状況ならば、環境に適応したり多様性を増しておくこともできます。僕らは大根が一年採れなければお金にならないのですごく困りますが、大根にとってはたいしたことはないような気がします。現在の人間の営みは、自然が持つ柔軟性を無視した、脆弱な仕組みの上にあるものだと感じます。異常気象とか言うけれど、木の種は100年単位で発芽能力を失わない、ということは、100年くらい極端な気候が続いても、命をつなげるということ。近年の、このくらいのことは、たいしたことではないのかもしれません。

今週の野菜セット
 野菜、なかなか育たず、あまり採れない状況ですが、あるものを入れさせてもらいます。例年に比べてものすごく不作の今年ですが、6月に蒔いた人参が(うちとしては)立派にできました!これだけは過去最高の出来(うちは人参苦手なので基準は低い(笑))。美味しいですよ~。

子どもたちのこと
 ここのところ子ども達の近況を、僕担当のこっちの面では全く書いていませんでしたが今回は久々に書きます。書くことはもちろんたくさんあるんだけど、他に書きたいこともあって埋まってしまってしまうのがこの頃。まぁ、家族4人、すごく楽しくやっています。おかげさまで。
 上の子、葉菜ちゃん(はな・5歳)は最近体が柔らかいことが自慢。もともと柔らかいみたいですが、幼稚園でバレエをやっている友達に教わったか何かで家でも柔軟の体操をよくしていて、いつの間にか物凄く柔らかくなりました。180度開脚で、体がペタッと地面につけられます。すごい。先月の10日に僕が一人で行ってきた「ゆとり家」の、だーさん(島田啓介さん)家族が、29日夕方から30日午前中まで一泊で、今度は僕らの家に遊びにきてくれました。で、だーさんのパートナー、さなえさんはヨガのインストラクターをやっている方で、体がとても柔軟。葉菜ちゃんには「今度来るだーさんのパートナーはたぶんすごく柔らかいよ」と言ってあったので、対抗心を燃やしたか(笑)、葉菜ちゃんはまず、だーさん一家が到着したとき玄関で開脚、そしてペターっと歓迎。さなえさんもその後色々なポーズを見せてくれて、葉菜ちゃんも真似して色々とやっていましたが、一つ、できないポーズがあって、「あ・・・」という表情に。敗北感を味わったようでしたが、今日も柔軟をがんばっている葉菜ちゃんです。
最近は、他人との違い、他人より優れているところ、あるいは劣っているところ、そういうところにすごく敏感になっている感じがします。そういう時期なのかもしれないし、そういうことを知ったり考えたりすることはきっととても大切なことですが、例えば「何かができる:ということが、自分が愛される理由だとは、決して思わないで欲しいなと思います。体が柔らかくても柔らかくなくても関係なく、僕もゆっこさんも葉菜ちゃんが大好きだということを、知って欲しいなと思います。感じて欲しいなと思います。そして、自分で自分を100%受け入れられるようになってくれたら嬉しい。「良い自分」と「悪い自分」とを分け、「悪い自分」を排除しようとすることが習慣にでもなれば、そんなに苦しいことはありません。これじゃダメ、というのが否定。これでいい、というのが肯定。自分が、これじゃダメ、というのはもちろん苦しいと思いますが、自分がこれでいい、という肯定も、何か違うなと感じることがあります。肯定は常に否定を含みます。ありのままを受け入れる、って方向性が大切だと思っています。肯定でも否定でもなく、全ての受け入れ。例えば「自分は体が硬いからダメ」でも「自分は体が硬くてもいい」でもなく、「自分は体が硬い」と、ただ受け止める。「自分は怒ってはいけない」、「自分は怒ってもいい」ではなく、「自分の中には怒りがある」とか「自分は怒っている」と、ただ見つめて、受け入れる、ということが大切だと思います。自己肯定感というか、自己受容感と言った方がこの場合はたぶん適切。そういう力を、育んで欲しいなと思います。その助けになりたい。
というか、何よりも愛情を感じて欲しいと思う。それは確実にここにあるものだから、なんとかして伝えたい。主に親に、愛情満タンでもう入りません、ってぐらい愛情を注がれたら、たぶんその子は(大人も?)自分で自分をしっかり愛せるようになるのだと思います。そうすれば、この世に何も恐いものはありません。どんな過酷な環境に置かれようとも、たとえ親が死のうが手足を失おうが、どんな自分でも愛せる力を持っていれば、大丈夫だと思います。その力を育む為にも、愛情を、注ぎまくりたい!
なんでしょう。強さって、弱い自分を否定し排除していった先にあるものではなく、弱い自分を認め、受け入れたところにあるものだと思います。「勝つ」ということが是とされる世の中だけど、勝つことより負けられることってすごいことなんじゃないかと、最近思います。

下の子、花野ちゃん(かや・2歳2か月)は、相変わらず非常にコミカル。言葉も達者。おもしろかわいい(笑)。最近はおまるやトイレでおしっこやうんちをするのが非常に上手になりました。どうやら既に「出そう」って感覚はわかっていたみたいですが、「おしめの中ではしてもいい」と思っていたのか、おしめの時はほとんど教えてくれませんでした。それが、数週間前に僕らが手が放せなかったか何かでおしめを穿かせないでお尻丸出しで放置していたら、「トイレ」と教えてくれて、大成功。その後も、おしめや分厚いトレーニングパンツを穿かせずに、お尻のまんまとか薄いパンツを穿いていればよく教えてくれます。たまにもらしちゃうこともありますが、大体大丈夫です。やるね!         健

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