ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 195号(日常・戦争・平和)

今日もお越しいただきありがとうございます。寒いですね12月。そして、今夜も雪。

最近は、書いた次の週の更新になってましたが、今回は選挙前に上げておきたい内容なので、今日の更新。今週のひとつぶ便りです。よろしく。

ひとつぶ便り 195号(2014年12月12日便)
 いつもありがとうございます。寒い!日が続いています。朝はマイナス8℃とか7℃とか、そのくらいの気温連発です。11月末が結構暖かかっただけに、12月に入ってからのこの急激な寒さがこたえます。うちはそれほど防寒の優れた家ではなく、薪ストーブは入っていますが朝にはほとんど火は残っておらず、朝は家の中も寒い。朝、布団から起きるのに勇気がいる時があります(笑)。まぁ、1月とか2月は毎日そんな感じですが。
 雪も降りました。道にも積もって、昼間に少し融けてそれが次の朝凍ったりしてなかなか怖い路面でした。4日の夜から5日朝にかけて。4日の時点でまだタイヤを冬用にしていなかったので、酒蔵を早退させてもらって急いで替えてもらってギリギリセーフ。危ない危ない・・・。タイヤ交換は自分でしないでいつも車屋さんにやってもらっています。今回タイヤ交換に行ったら、この前乗り換えてさようならしたうちのバモス(車)が車屋さんの工場の表に置いてありました。お、また会ったね。という感じで特に深く気にも留めませんでしたが丁度その時、そのバモスの次のオーナーになる人が来ていて、引き取っていくところでした。本当にたまたま、そんなタイミングの時に居合わせることができました。何か、バモスが改めてのお別れと、新しい乗り手を紹介してくれたような気がして、感慨深いものがありました。この日、この時間に来なければ無かった出来事。ただの偶然だけど、僕はなんだか一人でとても嬉しくなっていました。「遠出はやめておけ」と言われていたし、買い換えた車ですが、オイル交換もまめにしているし多分まだまだ走れます。またどこかですれ違おう。バモスよ。

もうすぐ選挙
 14日、選挙ですね。今回の選挙は自分たちが戦争に行くか行かないか、自分たちの子ども達を戦争に行かせるか行かせないか、を決める選挙だと思います。自民党に入れるということは顕著に、戦争をする、という選択なのだと思います。僕は嫌なので、違うところに入れます。「どこの党に入れても同じ」でも、「行かなくても同じ」なんてことは全くありません。投票に行きましょう。与党に圧勝させたらいけない選挙だと思っています。
 人それぞれ、色々な考えがあります。その人の周りのあらゆる要素が関わって、その人の考え方や思いというのが在ります。今、「この国を戦争に参加させたい」と思っている人たちの誰かと全く同じ環境で育ったのなら、僕もきっとそういう考えを持ったのでしょう。自分と考えの違う人を「理解できない」と長らく思っていたけど、理解できない人なんてたぶんほとんどいません。なんというか、誰がどんな考えを持っているとしても、それは自然なことだと思います。でもそこには誤解も間違いも、多く含まれています。自分が体験していないことに関しては、より間違いは大きくなるものと思います。例えば戦争を体験していない人が、「戦争をすれば幸せになれる」と言っていたとしたら、信じてはいけないと思います。同様に、平和を実践していない人の言う「平和」という言葉もまた、とてつもなく軽い。でも本当は、誰もが経験しているものなのでは、とも思います。戦争と平和、そのどちらも。

日常、戦争、平和
 戦争、という言葉を聞いて、頭に浮かぶことがあります。高校のホームルーム合宿(うちの高校は修学旅行と呼ばない)で、沖縄の戦争体験者のおじいさんから聞いた話。全ての話を覚えているわけではなく、すごく部分的ではありますが、爆撃された時の状況の説明を覚えています。「木の上の方に友人が引っかかっていた。内臓も飛び出して枝に引っかかっていた」というような話。その時、自分の友達とその内臓が、木に引っかかっている光景を鮮明に思い描くしかありませんでした。あぁ、嫌だなぁと。木に引っかかっているのは友達かもしれないし、自分かもしれない。テレビでもマンガでも本でもゲームでも、戦争は常々美化されています。そんなに美しいわけがない。僕らの日常の中、美しいものもあるし、醜いものもあります。誰かに暴力をふるったり、ふるわれたりすることが、美しいことですか?誰かをいじめたり、いじめられたりすることが、美しいことですか?誰かの悪口を叩くそのときの自分の心は、美しいですか?僕は美しくないと思います。戦争が美しいわけがありません。武力と武力の戦争に参加したことはもちろん無いけど、例えば人を殺さなくてはいけない、殺されるかもしれない、そんなストレスが異常にかかった状態の自分を想像するのは難しくありません。その状況におかれた自分の心が、美しいはずがないんです。幸せであるはずがないんです。
 「全うな理由があったら、人は殴ってもいい」という思想、この国ではとても強いものだと思います。アンパンマンも、『ドラゴンボール』の悟空も、『ワンピース』のルフィも、みんなそう思ってそうしています。「殴ってもいい」とは今の社会で言う人は少ないかもしれませんが、自分たちの意見とは違う人間や自分の理解を超える「変な人」を見つけると何の抵抗もなく排除するように動くことは、この考え方と同じだと思います。僕は今は絶対違うと思っていますが、小さい頃から長らくそう思っていたし、今でも知らず知らず、そういう動きに加担することも、そういうふうに考えてしまいそうになることもあります。でも、断じて違います。その方向に幸せはありません。平和もありません。憲法では平和や平等について説かれていても、それを実行している団体にも個人にも、ほとんど巡り合ったことがありません。差別することや排除することに、全く抵抗がないのだと思います。全く抵抗がないから、そこに差別や排除があることにすら、気がついていない。実際そこにはおびただしい数の差別や排除する動きが存在するにも関わらず。
 「平和が大事」と熱く語る人が、戦争にひた走る首相を指して「安倍は人間じゃない」とか、平気で差別発言をします。でも安倍さんは人間です。僕らと同じです。どんなに自分と考えが違っても、どんなにおかしいことを言っていると思っても、差別されていい人なんていません。暴力を振るわれていい人なんていません。排除されていい人なんていません。殺されていい人なんていません。安倍首相と仲間たちの暴走は止めなければいけないと強く思いますが、それ以上に止めるべきは自分たち一人一人の中の暴力や差別だと思います。
 世界の平和は今、僕が、あなたが、微笑むことができるかどうかにかかっています。どうか、自分の力を、良くも悪くも小さなものだと思わないでください。「あなたがいるから私がいる。私がいるからあなたがいる」ブッダはそう言います。人、もの、動物、植物、全ての自然、宇宙、全てのものが関わり合って、そこにあります。そこから外れている人はいません。外れているものは何もありません。僕らが今、この場所で微笑んだなら、世界の平和に大きく貢献できます。是非、今微笑んでみてください。  健
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