ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 212号

今日もお越しいただきありがとうございます。
そういうつもりでもなかったんですが、書いていたら安保法案のことだけで紙が埋まってしまったという次第。まぁ先週は新じゃがやらナスやらが初登場で、ミニトマトも入る人には入ったりしたし、夏っぽいセットになってきております。今週はトマト、ミニトマト、がっつりいけそう。ご注文もいつでもお待ちしております。こちらからどうぞ。

では先週のひとつぶ便りっす。

ひとつぶ便り 212号(2015年7月17日便)
 いつもありがとうございます。暑くなりましたね!先週の出荷の時は雨、そしてとても涼しかったのですが、それを忘れるくらいの連日の暑さ。農作業、すごく消耗しますがそれでもこのあたりは湿度がとても低いので、同じ30℃でも東京とかに比べるとかなり過ごしやすいと思います。そして僕らが住んでいるところは標高1000メートル近いので、朝晩は結構涼しくなります。肌寒いほどに気温が下がります。熱帯夜がないのです。僕は練馬の出身で、寝苦しい夏の夜をよく知っているので、この夜の涼しさのありがたみはよくわかります。

安保法案強行採決について
 今日(15日)、安保法案(戦争法案)が強行採決されたそうで。恐ろしいことだと思います。自民党に投票した人たちとか、右翼と呼ばれる人たち、支持する人たちは、安倍首相の言葉を本当に信じているのですか?日本が戦争できればもっといい国になる、と思っているのですか?それ自体、全く間違った考えだと思いますが、安倍さんと今の政府がまずそんなこと思っていないでしょう。簡単に言ってしまえばアメリカの言い成りで、アメリカに逆らえないだけってことだと思います。今回の安保法案にせよTPPにせよ沖縄のことにせよ。アメリカに従うことだけが日本の生きる道、と思っているってことだと思います。そんな思いは隠せると思って、騙せると思ってそれをやっているわけで、僕ら国民はずいぶんと馬鹿にされたものですが、中でもいちばん馬鹿にされているのは、騙されているのは右翼と呼ばれる人たちではないかと思っています。左翼と呼ばれる人たちは安倍さんを蔑視し侮辱し攻撃し、右翼と呼ばれる人たちは安倍さんを崇拝する。どちらのやっていることも違います。そういうことをしている人たちは、世界や自分をもっと深く見ることを覚えて欲しいなと思います。もちろんそれは、僕のことでもあります。正しく見ていかなければ、間違えるばかりです。
 たぶん、国民のほとんどが無関心です。マスコミは政府の言い成りで、そうなるように仕向けられています。NHKは今日の委員会を中継しなかったそうです。でも今夜も国会前では数万人規模のデモが行われています。そこへ行かなくとも平和を願う人たちが日本にも世界にも、たくさんいます。どうか、国として、誰も殺さず、殺されない世界を目指してほしい。僕は目指します。
他の分野も同様だと思いますが、有機農業をしている人、志す人にもそれぞれ、健康とか環境とか味とか、色々な入り方、目指すところがあります。それぞれ、違います。僕らはどういうところが強く思うところかというと、「平和」。どこかの誰かから奪ったもの、奪った命の上に、僕ら日本人の生活は成り立っています。何も考えずにものを買えば、戦争を応援することになったりもします。そういう部分への加担を少しでも減らしたい。それは僕らに奪われる「被害者」の為だけでなく、僕ら奪う側の人間の為でもあります。誰かから奪って自分たちだけ幸せ、というのは有り得ないのです。そう見えたとして、決してそうではありません。奪われる側も、奪う側も苦しむのだから、その構造はやめた方がいいのです。もっと他の方法を探らなければ。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」って、憲法の前文の一節ですが、何度読んでもしびれます。「憲法はアメリカに押し付けられたものだ」と、安倍首相とか右翼の人たちは言いますが、これ、そんなことどうでもいいと思います。この文章の底には魂が見えます。表面的な言葉遊びではなく、深く熱く優しい思いから出てきている言葉だと思います。一方的に押し付けられたというものではないし、仮に押し付けられたものだとしても、何も悪いことはないと思います。
 
 こういう憲法があって、もう戦争は嫌だと思う人たちがいて、戦後の歴史が作られていったのでしょうが、根強く戦争をしたいと思う人もまた同時に、たくさんいたということ。それがずっと、権力の中枢にもいたということ。今回の戦争法案が通ってしまったことは恐ろしいことなのだと思いますが、それはずっと受け継がれてきた流れの結果。憲法にある「専制と隷従、圧迫と偏狭」って、日本のキャッチフレーズみたいです。これを無くそうとするのではなく、どんどん強化しようとしています。国内においても国外においても。そして全世界の国民に、恐怖と欠乏を与えようとしている。本当に、ひどい国だなと思いまず。フィンランドとかスウェーデンとかとかコスタリカとかキューバとかドイツとか、色々な方面で良いなと思う国がたくさんあるけど、日本はものすごく魅力が少なく感じます。人の権利とか教育とか、平和とか、すごく大切な面において。例えば日本は女性に対して、子どもに対して、少数派の人間に対して、あらゆる場面で差別的で暴力的です。それが当たり前すぎて気が付いていない人もとても多い。この社会、美しくなんかありません。差別が、暴力が、そういう心が、美しいはずありません。僕らは誰でも経験して知っているはず。その嫌な感じを。そして美しいものも知っているはず。思いやる気持ち、慈しむ気持ち、心からの感謝、深いところで共感する喜び、そういうのが美しいものだと思います。なんとしても子供を守る、というお母さんたちの強い思い、そういうものが美しいものだと思います。全てを実現している国なんてないと思うけど、差別のない社会、平和な社会、そういうところを目指している国はたくさんあると思います。そういう心が根底に流れている国には、いいものがたくさんあります。おもちゃとかを見るだけで国の精神の違いがわかると思います。日本は例えばきちんとしたメーカーが生き残れないのだと思います。ただお金が儲かればいいという思想のもとに作られた薄っぺらい商品、薄っぺらい言葉が世の中にあふれています。僕らはそれしか選択肢を持っていなかったり、それに騙されたり、満足したりしています。日本はこういう憲法を持っているのに、平和な世界と社会を目指してすらいなくて、本当に残念。その良くない方向へさらに加速させようなんて。
 国が国としてやれること、僕ら一人一人がやれること、たくさんあると思います。平和の為にできることは、アメリカの言い成りになって戦争を支援することではありません。それは例えば医師の中村哲さんのように、アフガニスタンに井戸を掘って灌漑することとか、医療の支援を行うとか、そういうこと。お金を使うならそういうところに使ってほしい。直接的に紛争解決に関わる専門家を増やすとか、そういうことにお金と知恵を使ってほしい。積極的平和主義って、そういうことでしょう?
 僕ら一人一人が日々できることもたくさんあります。例えば食べ物を選ぶこと、使う言葉を選ぶこと、目の前のものがどのように作られ運ばれてきたものか知り、考えること。僕が今この場所でできることが果てしなくあります。今、息をしていること、気がついていますか?今、微笑んでいますか?幸せはいつでも今この場所にあります。感じましょう。生きていることを。平和は、可能です。今。     健


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