ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 213号

今日もお越しいただきありがとうございます。
すっかり更新忘れてました。先週のひとつぶ便りです。

お野菜の注文もお待ちしていまーす。

ひとつぶ便り 213号(2015年7月24日便)

 いつもありがとうございます。先週の台風が通り過ぎて、長野県(くくりは「関東甲信」)も梅雨明けの発表がありました。連日の30℃。暑いです。八千穂の短い夏が来ています。今日、ズッキーニの収穫をしていてふとした瞬間、涼しい風が吹いてきて、なんだか「はっ」とさせられました。すごく気持ちよかった。優しい風。それで心の景色が変わる。なんでもないことのようで、結構大きないい衝撃をもらいました。子ども、大人、様々な人と関わる中で、こういう風を吹かせられるようになりたいなとか、思いました。今のところ全然、できないんだけど。
 日曜、月曜と、小麦を刈って干しました!日曜日は僕の両親が手伝いにきてくれていたので、がっつり作業してもらっちゃいました。助かりましたありがとう。これから少しの期間干して、乾いたら脱穀です。干した感じ、結構量もありそうです。
今週のお野菜
 梅雨が終わり、気候はすっかり真夏ですが、野菜セットも真夏の色になってきました!トマト、ミニトマト、いんげん、なす、ズッキーニなどなど、色々と採れてきました!3月に種をまき、苗を育て、定植し、草をとり、大切に育ててきた実もの野菜たちです。お楽しみください。僕らも食べられるのが嬉しいです。新じゃがも入ります。世の中的にはありふれた野菜ですが、人参と玉ねぎは僕らはかなり苦手なので、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎが揃うのはうちの農園では珍しく、貴重な機会だったりします。

つわり近況
 ゆっこさんはまだつわり中(現在12週目)ですが、先週末あたりから少しはマシになってきたようです。一日食べるものに困っている、ということはない感じだし、ちょっとは動けています。あと、野菜もあまり食べられない中でトマトは美味しく食べられるので、この時に間に合ってよかったなと思います。あと最近はイタリアンが美味しく食べられるもののようです。これはゆっこさんはもともと好きなもので、「いつも食べないものを食べる」パターンとは違うようです。ちなみに上の子、葉菜(はな)ちゃんのときはラーメン、下の子、花野(かや)ちゃん(3歳)のときはカレーなどをよく食べていました。異国のものですねいずれも。現在は味噌は全然食べられないし、醤油もそれほど食べたくないようです。あと、依然としてお米が食べられません。一粒も食べられません。というように、まだまだつわり中ですがいちばんひどかった時と比べるとかなり良くなってはいます。最近は自分で料理する気力と体力もあることが多いので、その分僕も楽だし、美味しいものが食べられて嬉しいです。

誕生日
 今月18日は僕の誕生日で、31歳になりました。毎日が特別な一日で大切なものですが、それを思い出す意味でも誕生日とか、記念日というのはとてもいいものだと思います。新しく何かを決意する、とかいうのにもいいですね。自分個人のこととして全体的に、間違った方向に進んではいないと思いますが、抜本的に見直したり、変えていきたいことも色々とあります。やっていこうと思います。

 31歳という年齢が例えばサラリーマンとかだとどういう年齢なのか、よくわかりませんが、農家としてはいちばん若手の部類です。僕は22歳のときにこの世界に入っているので、その時から今まで、有機農家仲間とかではなかなか年下に出会いません。同世代は結構周りに多く、これは恵まれていることなのかもしれません。でもその下の世代が続いてきていない気がします。気になるところ。また、僕が長野に来て7年ほど経ちましたが、7年前から知っている年配の方々を見ると、だいぶ年をとったのを感じます。7月は地域の草刈りなどが重なってきます。これは主に刈り払い機という機械でやるわけですが、人間が歩きながら、振りながら刈る機械なので、乗って使うようなトラクターなどと違ってそれなりに体力を使います。高齢化が進んでくれば、やれない人も多くなるし、若手の負担も増します。こういうところからも、農村から人は離れていく、という構図があります。感覚的にたぶん、僕らの住んでいる地域は東北の過疎地域と比べて10年ぐらいその危機に直面していくのが遅い感じですが、どんどん危機が迫ってくるのも感じます。人がいなければ、畑は荒れ、道も荒れ、農村は荒れ果てます。東京にいた頃は知りませんでしたが、畑も農道も水路も、人の手無しには維持していけないものです。今それがここにあるということは、それを拓き、維持してきた人たちがいるということ。特に僕らの住んでいるような山の中の畑は、放置しておけばすぐに木が生えて、森に還っていきます。そういう場所も既に、見かけます。
 農村というものをこのまま、ただ衰退させていいものだとは思えません。都会の人口を、人手を、もう少しこちらに回すことはできないものでしょうか。過密に植えられた植物は、病気になりやすいです。都会には、そういう過密が見えます。もう少しうまいこと分散できたらいいのになと思います。
僕らの住む柳沢集落は、12世帯くらいの小さな集落。人も、土地もとても気持ちのいい場所だと思っています。空家はほぼ無く、僕らも含めて若い世代も結構いるので、他の地区から羨ましがられたりするほどですが、それでも高齢化の波は感じます。なんとか、この素敵な集落を維持していきたいものです。

 それはともかく、また1年、生きてこられました。僕以外の全ての人やものから僕ができています。ありがとう。そしておめでとう。全てに。
 ちょっと今、自分が立ち会った2回の出産について思い出していました。これは特に葉菜ちゃんのときに思ったことですが、出産というのは母と子の共同作業なんだなと。ゆっこさんも、葉菜ちゃんも、すごくがんばっているのがよく分かりました。こういうことを、母と僕もまたやったのだと思います。よく、がんばったなぁ。どのような形で産まれるにせよ、赤ちゃんが空気のもとに出てくること、これは奇跡と呼ぶほかないと思います。
 何ができる、できない、どのくらいできる、できない、それが人間の価値。僕らはしばしばそういう能力主義とでも言うような考えの奴隷になっていますが、それは誤りだと強く思います。命の価値は、産まれた時から死ぬときまで、何があっても変わるものではないと思います。僕が例え今持っている能力の全てを失ったとして、それでも命の価値は何も変わりません。それは能力があるから認められて、ないから認められない、なんてものではないはずです。全ての命が、命のないものが、そこにただあるだけで、認められていいものだと思います。もっと目を開いてものを見ていきたいです。今、この場所で。  健
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