ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 218号

今日もお越しいただきありがとうございます。今日は久々に晴れました!

先週のひとつぶ便りです。どうぞ。

ひとつぶ便り 218号(2015年8月28日便)
 いつもありがとうございます。すっかり秋ですね。25日は一日ずっと寒くて、ストーブを焚きたいと思うほどでした。涼しいとか肌寒いとかいう表現では生ぬるい感じでした。ただ「寒い」が適切。全く夏の空気を感じなくなってきて、先週まではまだまだたくさんとれるかなと思っていたトマトやズッキーニの勢いが一気に無くなりました。ですが、まだまだ内容は夏の野菜のセットです。お楽しみください。秋の大根などはまだまだ小さいですが現在成長中です。セットの内容も季節と共に徐々に変わっていきます。秋の野菜たちも最高に美味しいので、お楽しみに。

平和
 8月も最後の出荷になりました。平和という言葉は8月だから思い出す、というわけではなく、普段の日常とか農業をする上で、僕らが特に意識している部分です。でも、8月なので、今月は平和というテーマで毎回何か書いています。そうではない部分、たくさんありますが、平和な生活とか、平和な農業がしたいと思っています。世界に溢れる暴力や搾取に加担しないで生きたい。平和を生きたいです。
 世界から戦争を無くすにはどうしたらいいのか、その原因となる恐怖や欠乏を無くすにはどうしたらいいのか、そんなこと、真面目に考えている人も、そういうことを話す場も今の日本には極めて少ないような気がします。この国がもし「平和」を真剣に考えてきた国なのならば、こんなことにはなっていないはず。今もそうですが政府はアメリカの言い成りで何もかもやってきて、気概のある政治家がもしそこに歯向かえば、何かしらのスキャンダルかお金の問題を引っ張ってきて世論を誘導してその人をつぶしてしまいます。アメリカの言い成りになる人だけが、生き残っていきます。小泉さん、安倍さんなどはどうやら完全に言い成りの人たち。今回の、「戦争法案」についてもそうです。アメリカに従うしか道はないと、安倍さんも、多くの政治家も、国民も、思っているのかもしれませんが、そこに道はありません。既に行き止まりです。今すぐ別の道を探すべきです。日本も、それを操るアメリカも。
世界から恐怖と欠乏を無くすことを掲げる国が、本気でそれに取り組んでいたとすればどういうことになるでしょうか。「争いは話し合いで解決するべきだ」と僕らは学校などで教わりますが、実際にどうやって話し合うとか、実生活の中でどうやって何らかの方法を用いていくか、具体的に教わった覚えはありません。平和を本気で考える国だったなら、ここはすごく時間を割くはず。日常のケンカやいじめに、いかに暴力的な手段を用いずに向き合っていくのか、というようなことに。例えばひどいいじめがあったとき、それを聞いたとき、基本的に「いじめっ子の断罪」みたいなことしか、この国の人の多くが考えないように感じます。あるいは「いじめられる方にも問題がある」ということを言い出す人もいます。で、どちらが悪いかとか、どちらも悪いとか、その話だけで終わるのが常。これ、何も解決していない気がするのです。
 何かの問題が起こった時、まずは被害を受けている人がそこから逃げられる場所の確保とか、問題そのものを平和的に解決する方法の探求、そもそもそういう問題(例えばいじめ)が起こらないようにするにはどうしたらいいのか、どのような環境を整えればいいのか、そういうことをもっと具体的に考え、実践していく必要があると思います。もちろんこれは、大人が全くできていないことなので、現状で子どもに教えられるはずもありませんが、学校はこういうことを学ぶ場所であって欲しいなと思います。
 ところが現在政権を握っている安倍さんと自民党の皆さんが「戦争法案」によってしようとしていることは、いじめを解決するどころか、いじめっ子(アメリカ)に全面的に協力するというもの。イラクにおける生物化学兵器のように、無いものを有ると言っていちゃもんをつけ、その国の市民を殺める国と一緒になって、武力を行使しようというもの。現在既に、資金の援助等によって大いに協力しているのだけど、直接的手段でもそれを可能にしようというもの。やるべきことはこういうことではありません。その国の平和の為にすべきことが、その国を攻撃することであるはずがありません。
 日本国憲法の前文には「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」という一文があります。戦争は、この「恐怖と欠乏」を原因とし、さらなる「恐怖と欠乏」をもたらすものだと思います。これを減らす、無くす為に、僕らは全力を尽くさなくてはいけないと、憲法は謳っているわけですが、この国がやっていること、これからやろうとしていることは全く正反対です。日本が平和の為にできることは、本来すごく多いはず。お金と人をそこに使いさせすれば。例えば医療、農業、灌漑、教育など様々な分野で、他の国の恐怖と欠乏を、減らしていくことができるはず。実際に、やっている民間の人たちがたくさんいることと思います。医師の中村哲さんのように。日本が他国にすべきことは武力の行使ではなく、例えば井戸を掘る、水路を建設する、食べ物を届ける、そういうことのはずです。

逃げ場
ところで、内閣府の発表で、9月1日が小中学生や高校生の自殺者が最も多い日だそうです。4月の初めも多いということです。学校は「行かなくてはならない場所」と、たぶんほとんどの子ども達が思っているものと思います。先生も、親も、そう思っているから、「少し休んだっていいんだよ」なんて言い方をする。それが「結局は行かなきゃいけない」というプレッシャーを与えていることに気づかずに。そうではない道があることを知っていて欲しい。辛いなら学校行かなくてもいい。逃げていいことを知っていて欲しい。子どもも、大人も、全ての人に。その逃げ場になりうる人も、場所も、すごく少ないのが現状なのだと思います。小学校の頃にいじめの参謀をしていたという僕の友人(現在は深く反省しています)が言っていた有効ないじめの方法は、「逃げ道をなくす」ということ。この社会に逃げ道がないのなら、僕らは社会にいじめられているということかもしれません。
共にマインドフルネス(「気づき」)の実践をしている友人のだーさん(島田啓介さん)がだいぶ前に、「社会復帰どころか、社会こそ人間に復帰すべきだろう」というタイトルで文章を書いていました。この言い回しが好きです。学校に行かない、仕事がない、例えばそういう人は基本的に、「社会復帰」を促されます。という場合の「社会」は学校とか会社。今の日本は、その「社会」にいるのが当たり前で、そうでなければ復帰「させてあげる」のが良いことだという考えが主流。これ、間違いだと思います。本来、学校、会社が「社会」ではなく、そこから外れた人も含めての、「社会」であるはず。そこに目を向けられるとき、「社会」の範囲は広がり、その性質はより優しく、楽しいものになります。社会こそ人間に復帰させてあげる必要があります。それもまた、恐怖と欠乏を無くす道です。            健
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