ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 225号

今日もお越しいただきありがとうございます。
今週のお便りももうありますが、先週のやつまだアップしてませんでしたのでアップします。
最近はよく晴れて割と暖かいです。強い霜はまだきていません。実はここのところ毎週野菜セットにズッキーニが入ってるというちょっと不思議な状況。最初に植えたココゼリという品種(固定種です)が、全く採れなかった時期を経て、復活してきています。まぁ、いずれもうすぐ霜でやられるんですが、そんなズッキーニの姿を楽しんでいます。

では先週のひとつぶ便りです。

ひとつぶ便り 225号(2015年10月16日便)

 いつもありがとうございます。明け方は霜も降り始めています。まだ軽いやつですが、例年そろそろ、ナスなどを全て枯らす強いのがくる時期です。山の木々もだいぶ色づいてきてきれいです。冬の気配を感じるようになってきた最近です。
相変わらずパンを2日に一度くらいのペースで焼いていますが、パンの発酵も季節に沿って、だいぶゆっくりになってきました。真冬は湯たんぽを使うこともありますが、基本的にホイロとか特に使っていないので室温に合わせて発酵させています。夏場は半日の発酵で焼けましたが、現在は丸一日かかります。昼仕込んで夜焼けたものが、今は朝仕込んで夜焼く感じ。冬は前の日の夜に仕込んで次の日の夜焼くようになります。これを書きながら今オーブン(コンロに乗せるやつ)で焼いているのですが、発酵がうまくいって、今日もなかなかいいパンが焼けそうです。主に焼くのはパン・ド・カンパーニュ(田舎パン)というやつです。材料は小麦粉(自家産)、水(湧き水)、塩(海の精)、のみです。酵母も粉と水から起こしたもので、前の生地をとっておいて冷蔵庫に入れておき、次の仕込みのときにそれを酵母として生地に入れる、という方法でつないでいます。特に酵母として他に管理するのが面倒なのでそういう方法をとっていますが、これだとパン生地の発酵があんまり失敗したり、次回の分を取り分けないで焼いてしまったりすると絶えてしまうリスクがありますが、今のところそういうドジもなくやってきています。もう2年以上そうやってつないでいるかな。材料がいいので、かなり美味しいものができています。ちなみにうちはほとんど、朝パンを食べます。

 僕は来週からまた酒蔵での勤務が始まります。今回で3シーズン目。しっかり稼げている農家さんたちは、冬は働かなくても暮らせるようで、そういうところも多いようですが、僕らは全然そうではないので、何かしら冬の仕事が必要になってきます。貧乏農家たちの冬の行き先として、この町や隣町などにはスキー場があって、そこへ勤めている農家の仲間もいます。僕もスキー場のリフト係で3シーズン働きました。その後縁あって、ここ旧八千穂村で江戸時代から続く酒蔵「黒澤酒造」で働けることになり、今回が3度目のシーズンです。主にお米を洗ったり蒸したりする「釜場」というところを任されています。
 野菜はまだまだ畑にあり、ゆっこさんもお腹が大きくていつもよりだいぶ動けないこともあるので、酒蔵の方は午後休みをもらったりしながら、畑も並行してやっていくことになります。出荷はまだまだ続くので、引き続きよろしくお願いします。

今週のお野菜
 葉物が本当に美味しいです。ゆっこさんは依然として食べられるものが限られていたりしますが、最近はタイ料理のブームも去り、葉っぱをよく食べています。うちで採れるものが食べられるのはなんというか、安心できます。体の健康、ということももちろん大切なポイントですが、どのように、誰が関わって育ったものか、ということを知ったり考えたりすることは、僕らはもっと大切にしている部分です。世の中は、搾取が無ければ成り立たないものに溢れています。食べ物も、着るものも、身の回りのあらゆるものが、そうかもしれません。何も意識しないで安いものを買っていくと、どこかで誰かを苦しめ、実は自分たちの首も絞めている、というものが自動的に集まるようになっています。そういう世の中の構造に、できるだけ加担しないで生きたい、という思いがあります。買い物をすれば、どこで、誰が、どのように育てたものか、作ったものか、想像することも難しいものがほとんどです。それでも目の前にあるものがどこからきて、どこへ行くものなのか、想像する、深く見ていくことは、できる限りやった方がいいと思います。そこには喜びも苦しみも、見えてきますが、その中で苦しみがより少ないものを選んでいくことが大切だと思います。
 数か月前、連れ合いゆっこさんのつわりがだいぶひどくて、うちの米、野菜が食べられないという状況の時がありました。うちは基本的に自分たちのところで採れたものだけ食べているので、買うのは一部調味料と、豆乳くらいなものですが、その時は色々と買いました。スーパーで買い物をすれば、例えば添加物が使われていない、よりマシなものを買う、という選択すら用意されていないこともあり、なかなか大変でした(連れ合いが)。例えば添加物まみれの商品は、お金の為に色々なところに無理をさせているものにほぼ間違いないわけだから、それは、どこかの誰かを搾取すること以外に選択肢が無い、とも言えると思います。僕らも石油に頼る農業をしているわけで、ひとつぶ農園の野菜が世界の搾取に加担していないか、といえばそうだとは言い切れませんが、世の中で売られているものと比べれば、様々な面でその加担の度合はものすごく少ないものと思います。そこの部分を大切に考えているから。

適材適所
 ところで、日々暮らしている中で、人それぞれの違いというのがここ近年、前よりはだいぶ見えるようになってきました。僕はもともとあまり視野の広い方ではないのだと思いますが、ここ数年で目から落ちた鱗がたくさんあります。ものの見え方、考え方、持っている能力、それぞれ本当に様々。それぞれの特徴が見えると、様々な事情により、そのそれぞれの特徴がうまく生かされていないケースというのがすごく多いこともわかります。生かすも殺すも配置次第、みたいなところもおもしろいなと思います。同じ人材が揃っていてもその配置次第で、力がより発揮される場合もあれば、逆に邪魔し合ってしまうような場合もあります。例えばバスケ、例えば将棋、その選手や駒の配置が、それぞれを絶妙に助け合う場合と、それぞれが邪魔し合う場合とあります。同じ組み合わせなのに。最悪のコンビだと思っていた2人が、実は役割を逆にしてみたら最高のコンビだったとか、そういうことが多くあるはず。使う場所、使う時が適していればうまくいくし、そうでなければうまくいきません。畑の土のことも思い浮かびます。
 そこがうまくいったとき、当事者であればそれはもう最高に楽しい。外で見ている人であれば、とても美しく見えるはず。それぞれが最高の力を発揮しているチームは本当に美しいです。でも様々な事情により、そういうチームも団体も、かなり少ないような気がします。邪魔をするのは地位とか立場とか、そういうものが大きいと思いますが、「みんな同じ」という意識も大きいのかなと思います。みんなに共通する部分というのもあるとは思いますが、その範囲は実はすごく曖昧だったり狭かったりするものだと感じます。僕は結構他の人も自分とある程度同じように感じたり考えたりするものと思っていたけど実際はものすごく違うようです。「違い」への理解が深まるほどにきっと、それぞれがもっと自由に、楽しく、かつ力も発揮できるという状況が生まれます。人でも土でも、そういう姿を見るのが好きです。 健
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