ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 227号

今日もお越しいただきありがとうございます。今日は3つまとめてアップしようと思います。これが2つめ。

ひとつぶ便り 227号(2015年10月30日便)

 いつもありがとうございます。26日の月曜日に「大霜」と呼ばれるような、強い霜がきました。今シーズン初。真冬になれば毎日これより遥かに寒く、大地は凍り付くので、このあたりですごい霜、なんて珍しいものでもなんでもありませんが、この時期の初めての大霜はナスやピーマンなど、かろうじてまだ生きていた夏野菜たちの木を枯らし、葉物野菜たちを柔らかく甘くするなど、大きな出来事です。今年はここへきて晴天が続き、気温も高く割とポカポカした日が続いていました。霜自体は遅くなかったと思いますが、大霜はやや遅かった印象です。春菊などは比較的霜に弱いため、不織布を一枚かけていますが他の葉物は何度も霜に当たっても大丈夫。葉物は霜に当たると甘くなることが良く知られていますが、これは自分の体内の糖度を上げることで凍るのを防ぐため、というのを聞いたことがあります。
 というわけでとりあえず一発、すごい霜が降りましたがその後は2日ばかり、少し暖かい感じです。が、明日(29日)あたりからまた下がるという話。冬の到来、といったところでしょうか。去年もそんなことを書きましたが、この地域は春が遅く、夏がとても短く、秋もそれほど長くなく、冬がとても長い場所だと思います。イメージは春夏秋冬冬冬冬みたいな(笑)。四季って言いますが、全国各地、その長さも色合いも、色々と異なりますよね。それぞれの場所にそれぞれの魅力も過ごしにくさもあるものと思います。一年中過ごしやすい!というところは結構稀かと思います。僕らの住むこの地域は地震や台風には比較的強い場所で、晴天率が高く、湿度が低く、冬はとんでもなく寒い!というのが特徴です。

今週の野菜セット
 霜に当たってさらに甘く、柔らかくなった葉物野菜たちをお楽しみください。少し成長の遅かった大根たちもだいぶ大きくなってくれて、味ものってきました。カブは毎年驚くほど美味しいですが、今年も例外なく美味しいです。また、今週はカリフラワーも入ります!カリフラワーにそれほど興味のない方も多いかもしれませんが、うちのは美味しいですよ(笑)。今では欲しいと言ってくれる人も増えて、うちの看板商品とも言えるかも。夏のものも美味しいですが、この時期も絶品です。お楽しみください。

 この野菜セットの野菜は誰が育てたか、はっきりとわかるものですが、そういう、誰が育てたか、誰が作ったかというようなことがわかるものの方が、遥かに少ない世の中だと思います。これはあまり、良くないことだと思います。僕らは基本的に自分たちで育てたお米や野菜を食べているから、そこの部分は分かるところが大きいですが、それでも油とか調味料などの中には誰がどのように関わってここにあるものか、わからないものも色々あります。有機とかではあるけど。生活の中においては、例えば服とか、今目の前にあるパソコンとか、これはもうどこでどのような人が、どのようなことをしてできているのか僕には全くわかりません。ここへ来るまで関わった人の、一人も知らないものがほとんど。今服を着られること、パソコンがあって事務作業ができること、それはとてもありがたいことで、そのことには感謝できるけど、そこに関わった人や物に感謝したくても、誰に、何に感謝していいかわかりません。それでも、深く見ていけば見えてくるものもあるし、想像してみることは大切だと思います。
どんなものであれ、人を含む全ての自然から生まれています。今目の前にある全てのもの、自分のこの身体や心を含めて、その例外はありません。僕らはたいてい、自分が他から独立した存在だと思っていますが、ちゃんと見ていけばそうではないことがわかります。太陽が無くても、空気が無くても、水が無くても、僕らはすぐに生きてはいられなくなります。逆に僕らは太陽からできているとも言えるし、空気からできているとも言えるし、水からできているとも言えます。僕らがどう思おうと、僕らは誰も一人では生きていません。
僕の両親は2人、祖父母は4人、曽祖父母は8人、そのさらに前の世代は16人、とたどっていけば、ものすごく膨大な人たちの先に僕らがいます。そうやって想像するほとんどの人が亡くなっていますが、その人たちの延長に僕がいます。受け継がれてきたのは遺伝子だけではありません。その苦しみも喜びも、習慣など何らかの形で受け継がれてきています。また、例えば僕は仏教のマインドフルネス(気づき)の実践をしているけど、それは2600年前くらいのブッダから受け継がれてきたもので、僕はそういう続きにもいるということ。そして自分が何かを渡そうと思う思わないに関わらず、それは自分の子どもの世代などに続いていきます。もちろん、人から人、という流れだけでなく、自然のあらゆるものの流れの中に僕ら一人一人がいます。
自分は一人ではない、というのはただの事実だけど、その事実を知るのはとても楽しいことだと思います。誰が何をどのようにして、それがここにあるものか知ることができたらなら、それはもっと感じやすいことなのかなと思います。僕らが送る野菜の中に僕ら家族の姿が見えるでしょうか。土の中、土の上にいる様々の生き物たちの営みが見えるでしょうか。野菜たちを育む太陽、土、雨、ありとあらゆる自然のはたらきが見えるでしょうか。一つの野菜に、それ以外の全てが関わっています。
 
 また、そうやって深く見ていった時に、何かや自分を苦しめている事実に突き当たることもあります。僕もどこかで出されたらありがたくいただきますが、例えばスーパーやコンビニで売っているケーキを食べたとします。材料の卵や牛乳、小麦、それらはやはり自然からの恵みに違いありませんが、そこにはほとんど身動きのとれない場所で卵を生まされ、お乳を搾られるだけの、もはや生き物としての飼い方をされない鶏たちや牛たちの姿が見えます。そんな環境で生きていれば当然健康を害すので、抗生物質漬けです。小麦は、収穫前も収穫後もたっぷり農薬をかけ、虫たちを皆殺しにして育てたものでしょう。太陽や土や水も、そこにはあるし、それも当然そのケーキには含まれていますが、おびただしい苦しみもまた含まれていることが分かります。その他、得体の知れない化学的に合成されたものも色々入っています。僕らの育てた野菜やお米が、完全に平和的な方法で、世界の暴力や苦しみに加担せず作られたものかと言われれば、そんなことはありません。トラクターも使えば軽トラも使い、世界の誰かを苦しめながら、やっている部分も大きい。それでも、そのケーキのように世の中で売っているほとんどのものと比べて、その暴力や苦しみへの加担はかなり少ないものだと思うし、目指す方向はそこに加担しない道です。
 値段だけで何かを選べば、間違いなくその商品の来た先に搾取があります。そしてどこかで起こる搾取が、自分にも深く関わっています。誰かを苦しめて、自分が苦しまないなどということはありません。今いる権力者の多くのように、搾取することで幸せになれると思っている人は、間違っています。幸せになりたいのなら、全ての人の、物の、平和を目指す必要があります。平和こそが道です。     健
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