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ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 290号

いつもありがとうございます。まとめてアップの2本目です。

ひとつぶ便り 290号(2017年10月27日便)
 いつもありがとうございます。なんとも、雨ばかりです。台風の日は、ちょっと今までに記憶がないくらいの雨量でした。この時期の田んぼは、通常はもちろん水はありませんが、大雨のためどこの田んぼも水がたまっている状態。ところによっては、畑が冠水して田んぼのようになっていました。僕らの畑はとりあえずはそれほどの被害は無さそうでしたが、田んぼのほうは風か、緩んだ地面のせいでか、お米をかけている稲架(はざ)が折れたり、一部はずれたりしていて、水のたまった田んぼの中でそれを直すのは結構大変でした。といったぐらいで済んだのは、かなりマシな方なのでしょう。風で稲架が完全に倒されていたところも近くにあったし、新聞には大量のリンゴが落果して大量に廃棄、という話もありました。そういう被害によるそれぞれの痛みは実際にはわからないけど、それは確実にあるものです。消費者の方たちは買う先を変えるだけで手に入りますが、それぞれの農家にとってはその育てたものが全てです。

 選挙でしたね。結果の見方は様々でしょうが、憲法を変えないで欲しい、日本に戦争に加担しないで、よその国同士の戦争を防ぐような働きをして欲しいと思っている者としては、とても良くない結果だと思います。それは、ここ最近ずっとそうですが。声を上げ続けることが必要だと思います。
 「数」のことを思います。僕らは例えば党の人数、改憲派の人数、というふうに国会の人たちなどを数で見ます。国会の人たちは、僕らを投票用紙1枚として見ます。やはり、数としてみます。何人とか、何パーセントとか。でもそこには、1人1人の思いや生活、命があります。それぞれに家族がいたり、友人がいたり、あまり仲良くない人がいたりもするでしょう。数だけを見て、その1人1人のことを見ようとしないなら、必ず間違えると思います。全員を1人1人詳しく知る、ということは不可能だとしても、そこに命が1つある、と知っていることは可能だし、必ず知っているべきだと思います。それを知らない、見ていない、意識していないと思うようなことが、政治家から市民、市民から政治家、どちらの目線においてもあると感じます。政治家から政治家、もそうなのかもしれません。安倍さんたち自民党のトップにいる人たちは例えば、比例で復活当選しかできないような、名簿の後ろの方に載っている議員のことなど、考えてはいないような気がします。今回の解散と選挙で、自民党の衆議院議員だった一人の知人は職を失いました。僕は絶対に自民党に入れることはありませんが、その家族についてはちょっと知っていて、あの家族は今どうしていて、この後どうなるのかな、というのが少しだけ頭をよぎります。
 数にすれば1としか言えないそれぞれがそれぞれ、全然違います。外見も、住んでいるところも、好みも、近くにいる人も、習慣も。「政治家」であれ「官僚」であれ、「農家」であれ「お父さん」であれ、そう定義される集団の中にいる人それぞれが、血の通った一人の人間です。それを忘れてしまうことは、忘れられた側にも忘れた側にも、苦しみをもたらすものだと思います。僕らはどこまでいっても、それぞれがかけがえのない命です。それは1つだから2つより偉くないとか、そういう類のものではありません。その1つはどこまでも大切にされ、尊重されるべきもののはず。1人の犠牲者も出さない社会を望んでいます。そういう家庭や社会を、実現するために生きたいし、その道の上にこそ幸せがあるはずです。健
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