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ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとりごと通信その1

どうも。久々の更新です。今日もありがとうございます。

種まき、苗づくり、畑の準備、いろいろやっています。野菜セットの出荷はまだあと半月くらい先かなという感じ。田んぼの作業もどんどんあって、農作業もなかなかいそがしい時期ですが、先日ベトナム戦争の帰還兵で戦争に反対し続け、日本でも何度も講演をしていたアレン・ネルソンさんの記録『9条を抱きしめて』というのの上映会と座談会をやりました。
こんなときに、なにか書いたらいいんじゃないかと連れ合い、ゆっこ氏に提案され、それもいいなと思ったので、とりあえずなんか書いてみた、という文章です。タイトルもなにも特になく、いきなり書き出した感じの文章でしたが、ゆっこ氏が「こみけんのひとりごと通信」とかいうタイトルを口走っていたので、なかなかいいなと思って、もらいました。

これはもともと紙の媒体ですが、ひとつぶ便りみたいに、アップしておきます。上映会のときとか、不定期に書く予定。最近書きたいことはたまっています。そして、ひとつぶ便りでは分量的に書ききれないことも、補足的に書いたりもしたい。書くという表現にもう少し重きを置こうかなと思ったり、思わなかったり。
あ、それと、最近、電磁波の危険性を訴える小冊子を目にする機会があって、「無線LANが危険」ってのを読んで、使わないときは無線LANの電源を切っています(うちのはコンセントを抜くことで切るやつ)。で、この文章は無線LANオフ状態で、オフライン環境で書いたもの。なにかとネットに逃避できない環境は、むしろすごく気持ちいい感じがしたのでひとつぶ便りとかでもやろうと思います。
ま、そんな感じでとりあえず、とりあえずだけどもちろん真っ向から、渾身で書いたものです。どうぞ。

ひとりごと通信 2018年4月27日 アレン・ネルソンさん上映会と座談会
 いつもありがとうございます。
前回の水野スゥさんのお話し会と座談会のあとあたりから特に、日々のことと合わせていろいろと、頭の中に、心の中に、表現したいものがあって、書くのも一つの手段かなということで、とりあえずなにか書いてみることにします。

 今回の上映は、アレン・ネルソンさんのドキュメンタリーですが、僕はこれを昨年8月の「平和のための信州・戦争展(場所は野沢会館)」で初めて観ました。映像を生業としている人たちが作ったものではないので編集などはやや粗い感じはしますが、そんなことより、平和のために、子どもたちのために、本気で伝えたいことがあって、そのためにネルソンさんの言葉や存在を見せよう!という関係者の心の奥からの熱意を感じる映像でした。大量の重たい涙と共に観ました。
 そのとき合わせて上映していた、琉球放送の『テロリストは僕だった』という25分ほどのドキュメンタリーもとても良くて、おススメです(ユーチューブでも見られます)。『9条を抱きしめて』と『テロリストは僕だった』を観て、軍隊の訓練の映像とか戦争の描写があって、憲法9条がなかったら、自分が戦争に行っていたんだな。というのをすごく具体的に想像できました。9条がなかったら、自分の親はベトナムで殺されていたかもしれないし、ベトナムで人を殺していたかもしれない。僕自身はイラクか、アフガニスタンか、他のどこかのアメリカの戦争に日本の兵隊として同行して、誰かを殺していたか、殺されていたか、生きて帰っても心身に深い傷を負っていた、ということです。親が戦争で亡くなっていれば、そもそも僕らは生まれていない命だし、今こうしてここに生きていることと、9条のこと、憲法のほかの条文のことが、実際は密接に関わっているということを、この2か月くらいの間、よく思います。
例えば24条が日本国憲法に無かったら、女性に結婚相手を選ぶ自由も、離婚する自由も、なかったということ。選挙権とかも。それまでの日本では女性の人権はものすごく制限されていたのだし、戦争のあとだって、女性の権利に日本政府は興味なんてなかった。日本で長く過ごし、日本という国が幸せになるためには女性が幸せにならなくてはいけない、という強い思いを持ったベアテさんという女性(当時22歳)が憲法の人権条項を書くチームにいたからこそ起こった奇跡。アメリカの憲法にも、男女平等はうたわれてはいないのに、日本の憲法にはっきりと書かれている、というのはまたすごいことだと思います。ベアテさんはちなみに、ロシア生まれ(ユダヤ人)の両親を持ち、オーストリア生まれ、5歳のときにピアニストの父の演奏旅行で日本に来てそのまま15歳まで日本にいて、アメリカに語学留学、で、戦争が起こり・・・という激動の人生。詳しくは『1945年のクリスマス』をお読みください。ベアテさんの書いた条項は、元はもっともっと多く、特に女性や子供の権利について、具体的にたくさん書いてありました。ほとんどが最終的にカットされましたが、本当に、もったいない!あれば今、救われている人が、本当にたくさんいると思います。ベアテさんは、条文がカットされるたび、それだけ日本の女性の幸せが奪われる気がして、泣きながら抗議したそうです。そういう人がいたから、24条があり、僕らや僕らの子どもが今こうして生きている、ということでもあります。この世界に僕と関係のない人も、ものも一つとしてありませんが、憲法というものと自分の関わりの深さ、距離の近さは、最近より強く意識できるようになったし、そのありがたみと、喜びもまた感じます。

 さて、ネルソンさんは「敵」のベトナム人たちを「人間ではない」と教わり、ベトナムへ人を殺しにいったわけですが、これこそ、恐怖や憎しみや怒りを増大させたりする最も有効な手段だと思います。自分のことも、相手のことも、それを取り巻く状況も、何も考えさせない、ただ上官の命令に従って相手を殺す。というような軍隊のやり方は、誰も幸せにしない方法であって、この逆をいけばいい、という点ですごく参考になると思います。平和の道を行くのなら、逆に「相手は人間だ」ということを徹底して教えればいいということ。例えば日本政府やその言いなりであるメディアたちが北朝鮮に関して流していることは「あいつらは対話できような相手じゃない」、それはつまり「相手は人間じゃない」というのに似たメッセージですが、それはまさに軍隊のやり方。平和を行く者たちのやるべきことは、あの国にどのような歴史や文化があり、どのような人々が暮らしているか、現在どのような状況かを知って、具体的にどう対話していくか、ということのはず。相手が人間じゃないと思うから、対話の成り立たない人間だと思うから殺しに行けるのであって、実際にその暮らしを知っていたり、対話をしている相手は、殺せない。
ネルソンさんのベトナムでの最後の「殺人」は、もう相手を「人間じゃない」とは思わなくなった体験のあと、ベトナムの若者と1対1になったとき。撃った相手のポケットから、その若者の両親(と思われる人)の写真が出てきて、それを見て「この写真の人たちは、この若者が死んだことをまだ知らないんだ」と思って、涙を流したそうです。兵隊としてこんなことを繰り返していたら絶対に心がもたないし、いずれ、相手に撃たれて死ぬかもしれません。「殺すマシーン」を作るのが軍隊なら、「殺せない人間」を育てるのが、9条を持つこの国の教育のあるべき姿だと思います。実際やっていることは真逆ですが。

戦争とか、暴力とか、非暴力とか、そういうことを考えていると、常に頭に浮かぶのは東ティモールの人たちのこと。この映画会の第1回が『カンタ!ティモール』の上映でしたが、最近も何度も何度も、彼らの姿を思い出します。今度、5月4日に読書の森で上映会があるそうなので、行けるようなら是非足をお運びください。叫びたいほど超絶おすすめです。
 3人に1人が殺されたと言われる戦争というか虐殺の中、東ティモールのゲリラ兵たちは、捕らえたインドネシア兵の武器を取り上げ、自分たちは戦争をやめてほしいだけだということ、背景にある状況などを言って聞かせ、無傷で帰す、ということを繰り返したそうです。仲間を殺され、妻や娘を日常的にレイプされ続けるという状況の中、そういうことを何十年もやり続け、ついに独立を成し遂げるのです。
 その虐殺を支援し続けたのが日本。どの国よりも熱心に、インドネシアを支援し続けました。国連のインドネシア政府を非難する決議にも反対し続けた日本。東ティモールは独立したけど、僕らのお金がきっと、今日もそうやってどこかの戦争や虐殺に使われています。直接戦争に行かないとしても、僕らは日常的に、戦争に加担しています。日本国憲法、前文にせよ、9条にせよ、人権条項にせよ、とても大切なことが書かれていますが、それを僕ら日本人が日常の中でも、世界平和のためにも生かしているとはとても言えません。世界中から恐怖と欠乏をなくそう、というのがこの憲法のはずなのに、それと逆のことばかりをしています。僕らが無関心である限り、それは今もこれからも、悪化しながら続いていきます。
 東ティモールの人たちのように戦うには、すごく多くの理解が必要。自分や、自然や、相手や、世界への深い理解が。そのとき東ティモールの一介の少年兵だった子たちが、その戦争の理由も、相手を恨まないことも、自分の頭で考えて行動することも、知っているのです。平和をつくるためには、息の長い闘いを続けるためには、深い理解とそこから生まれる深い優しさが必要。映画を観ていると端々で分かるけど、東ティモールの人たちは、日本が彼らの虐殺の支援をしていることも、よく知っていたようです。それでも、彼らは日本人を笑顔で受け入れる。僕らの中にもそういうことができる力がもともと備わっているし、暮らしの中で、そういう深い理解と優しさを育てていく必要があると思います。      健

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