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ひとつぶろぐ

長野県南佐久郡佐久穂町(旧八千穂村)、有機野菜の「ひとつぶ農園」のブログ。

ひとつぶ便り 302号

いつもありがとうございます。先週のひとつぶ便りです。
先週の出荷が終わり、そのあとは田植えやらなんやらいろいろやっています。

機械についてかなり否定的な内容ですが、べつにそれが嫌いとかそういうのではありません。
田植えも機械を使いますが(かなり手でも植えます)、田植え機とか、バインダーとか、稲関係の機械はほんとに
独創的なアイディアが詰まっていると思うし、特に今使っている「みのる式」の田植え機は、
考えた人ほんとに天才だと思います。機械の中でいちいちピタゴラスイッチみたいなことをやりながら、稲が植わっていきます。
エンジンという一つの動力で、いくつもの異なる仕組みを動かし、稲が植わっていく。すごいなぁと思います。
石油を使うという重大な問題は常に付きまといますが、自分の発想がいかに貧困であるかと、自分の見解の狭さを、
こういう独創的な機械はまざまざと見せてくれます。
自分がここまでしかできない、と思っていることなど、ただの勘違いだと気づかされます。
もうちょっといける、とかそんな範囲ではなく、世界は自分が思っているより遥かに広い、
ということを知るその瞬間はすごく嬉しいです。

あと足踏み脱穀機とか、唐箕とか、そういうのも機械ですが、それも本当にすごい発想だなと思うし、
何よりその場でとれる材料で作れるとか、人力で動くとか、そういう点でも最高です。
稲とか麦に使うハーベスター(脱穀機)という機械はちなみに、足踏み脱穀機、ふるい、唐箕を組み合わせてエンジンで
動くようにしたような機械で、発想自体は何ら新しくはないなと思うし、その人力機械たちの発想が、本当に優秀なんだろうなと思います。
石油とか電気とか、世界のどこかの誰かを犠牲にする大きなエネルギーを使わないという縛りがあったなら、
人はもっともっとその発想力を活かせているのではないかと思うし、わくわくするような人力の機械とか、
きっともっとあるのだろうな思います。かつてあって、今は失われた農具とかも、たくさんあるはず。
地域固有とか、その家だけのアイディア農具とか、昔は絶対もっとあったんですよね。
鍛冶屋が村に何件もある、とかだったのだから。

では前置きが長くなったけど、先週のひとつぶ便りです。


ひとつぶ便り 302号(2018年6月1日便)

 いつもありがとうございます。今日(5月30日)は一日雨模様でしたが、午前中はかなり小雨だったので、畑にカボチャの苗を植え付けたあと、田んぼの手直しをして、午後は家の前のハウスでミニトマトの植え付けをしていました。毎年このハウスでは3月から色々な野菜たちの苗や葉物野菜も少し育てますが、この時期になると片づけて、そのあと主にミニトマトの苗を植えて育てます。今日は友人が野菜セットを受け取りに来たついでにミニトマトの植え付けを手伝ってくれて、ゆっこさんと僕と3人で、楽しく作業していました。外は雨だったので、うちの3姉妹とその友人の子は家の中でわいわいやっていました。昨日は田んぼの代かきや畑を耕すのにほぼ一日トラクターに乗っていて、それが嫌いとかいうこともありませんが、今日は手と農具の作業ばかりで、こっちのが断然好きだなと体が感じていました。
 農業においても生活においても機械の力は大きいもので、とても便利です。この文章も今パソコンという機械を使って打っているものです。しかし、機械の持つ力や便利さの裏には、常にとてつもなくネガティブな要素が隠れています。基本的に車も農業機械もガソリンや軽油で動きますが、まず石油を使っている時点で、世界中の搾取、差別、戦争や虐殺、そういうものに大きく加担しています。僕らが手にした便利さの陰で、どこかの人々はその資源を得るための過酷な労働にさらされたり、生活を奪われたり、殺し合いをさせられたりしています。エンジンというものの発明は、それ自体ものすごいものだと思いますが、それがこうした構造的な暴力を伴ってしか動かないものである限り、愚かな発明としか言えません。「楽に仕事をしたい」とか思うのは自然なことで、「誰かを楽にしたい」と思うこと自体は素敵な感情だと思います。そういう思いから色々な機械も生まれてきたものと思いますが、そのために犠牲になる人たちのことを、ちっとも考えてこなかったことは確かです。僕らもトラクターや車、家事では洗濯機とか冷蔵庫とか、様々な機械に頼っているわけですが、愚かな発明、愚かな社会の構造の中にいるのを感じるし、それは自分の罪でもあります。それで、そうした便利さを受けてきた側が果たして幸せになっているのか、と思います。機械によって重労働から解放されたと喜んだ多くの農村で、今では高齢化が進んで人手は少なくなり、畑は荒れ果てました。誰かを苦しめて得た解放など、まやかしでしかありません。
また、機械はそうした構造的な暴力だけでなく、直接的にもかなり暴力的だなと思います。大きさに関わらず、機械を使っている近くに子どもは近寄らせないし、一緒に作業することなどは全くできません。今日のように、友達や家族と談笑しながら作業なんてできません。エンジン音が大きいので、鳥や虫や人の声も聞こえません。トラクターに乗っていても、より意識的に、平和的に作業することはやるべきだし、その方向を目指すことは可能で必要ですが、土の中や上で生活する生き物たちに対しても、手足や体を使う作業と比べたらどれだけ気をつけても圧倒的に暴力的です。機械が大きくなればなるほど、やっている人間は楽に作業ができるけど、周りに対してはより乱暴になります。速いスピードで走る車に乗っていたら、虫やヘビを踏んでも気がつかないし、道端に野の花が咲いているのにも気づきません。速ければ速いほうがいい、とこの社会は言っていますが、速いことよりも遅いことの方が、大きいことよりも小さいことの方が、便利なことより不便なことの方が素晴らしいことが数えきれないほどあります。健



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